司法権の限界A | ||
前回から勉強することとした司法権の限界については、大別すると次の類型があるってことだったわよね。 @憲法上の限界 A立法権に対する限界 B行政権に対する限界 C団体内部事項に関する行為に対する限界 そして、前回は、この4つの場面のうち、@とAについて見たわよね。 今回は、B行政権に対する司法の審査権の及ぶ範囲について学ぶことにするわ。 |
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こくこく(相づち)。 |
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六法で、憲法68条2項、75条を見てくれるかしら。 | ||
日本国憲法第68条2項。 『第68条 【国務大臣の罷免】 2項 内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。』 日本国憲法第75条。 『第75条 【国務大臣の特典】 国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は害されない。』 |
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憲法68条2項にいう内閣総理大臣による国務大臣の任免、また、憲法75条にいう国務大臣の訴追に対する内閣総理大臣の同意など、憲法上、政治部門の裁量ないし自律に委ねられている事項については、司法権は及ばないとされているわ。 この点については、特に問題はないわ。 |
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成程。すんごくよくワカッタお! そうだね、そうだね。 行政権の裁量や、自律は尊重せんといかんしね。うんうん、なんでもかんでも司法権が及ぶわけではない、と。 よし、ワカッタ! それじゃ、今日の勉強会解散っ!! |
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藤さんって、いつもホントに面白いですよね。 確かに、行政庁の裁量行為には、行政庁の一次的判断を尊重すべきとの要請から、一般に司法審査は及ばないという前提は、そのとおりですが、そうとばかり言えるものではない、という点については、私と一緒に、勉強していますものね。 |
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え? 憲法の勉強会の予習なんて、いつやったっけ? |
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行政権の行使に対する司法審査権の及ぶ範囲を考える、ということは、すなわち、行政裁量の問題ということですよね。 | ||
あ、行政法で勉強した行政裁量の問題なんだっ! え? だったら、今日の勉強会は、もう行政法でやっとるからやらんでいいってことになるわけ? |
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確かに、行政裁量は行政法の大きな論点ですけれど、憲法の問題でもあります。 国民と行政庁との間で行われる行政訴訟において、司法審査権が、どこまで介入していいのか、という問題は、憲法上の問題としても考えるべき論点ですから・・・。 |
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そういうことね。 行政裁量については、行政法の勉強会で勉強したわけだけれど、ここで今一度述べておく必要はあるわね。 『行政裁量とは、行政活動についての法律の規律が不十分な場合に、行政庁に認められる自由な判断の余地であるから、その行政裁量の行使については、ふつう違法性の問題が生じない。 しかし、(あまりに)不合理な行政裁量の行使は見逃すべきではなく、違法というべきであろう』 (芝池義一『行政本読本 第3版』有斐閣 2013年) |
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ですよね。 今日は、憲法上の観点から、この行政裁量について見るってことですね。 |
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百選掲載判例ではないけれど、見ておくべき判例としては、米内山(ヨナイヤマ)事件かしらね。 (最大決昭和28年1月16日) 事案をザックリ紹介すると、青森県議会議員であった米内山義一郎氏が、県議会での発言を咎められて、青森県議会から除名の議決を受けてしまったの。 この懲罰議決に対して、同氏は、除名処分取消の訴えを提起すると共に、除名処分の執行停止の決定を求めたわ。 一審はこの申立てを認め、本訴である除名処分取消請求事件の判決が確定するまで、処分の効力の停止を決定したんだけれど、その裁判所の決定に対して、当時の内閣総理大臣が、行政事件訴訟特例法(当時)に基づいて、その決定に異議を唱えたわけ。 この執行停止に対する内閣総理大臣の異議に対して、一審は、そのような異議は不適法な異議であることを理由に停止決定の取消をしない決定をしたの。 この決定に対して、青森県議会が、それを不服として、特別抗告したっていう事件ね。 |
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す、すみません・・・。 ちょっと、よくワカラナイのですが・・・。 |
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うーんとね・・・。 つまり、県議会で問題発言したのが、あたしだったとしてみてよ。 あたしの発言が議員として問題だって話になって、議会があたしを除名するって議決をしたわけよ。 あたしは、なんだよ、ソレは! ってことで、そんな議決は取消しだろ、常識的に考えてってことで訴えるんだけど、その訴えで争っている間は、除名処分は待っておくようにって言って、その申立てが認められたわけ。 あぁ、これで一安心、って思っていたら、そこに内閣総理大臣が、ナニ言ってんだ、ゴラァって異議を入れてきたんだよね。 この異議を、裁判所が、不適法だよってことで受け容れなかったんだけど、ソレを聞いて、県議会が、なに、その判断はダメでしょ! って文句を言ってきたって感じ・・・だよね? |
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え・・・えっと・・・。 ちょっと法律的にソレでいいのかな、って思わなくもないところですが、すごくザックリ言うなら、そういうことになるでしょうか。 |
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行政法で、取消訴訟などを勉強すると、そのあたりも整理されると思うけれどね。まぁ、今は前提の知識が足りないところもあるし、仕方ないんじゃないのかな。 この事案に対して最高裁は、次のような判断を下したのね。 『行政事件訴訟特例法10条2項但書の内閣総理大臣の異議は、同項本文の裁判所の執行停止決定のなされる以前であることを要するものと解するを相当とする。 けだし右10条2項は「……裁判所は申立に因り又は職権で、決定を以て、処分の執行を停止すべきことを命ずることができる。但し……内閣総理大臣が異議を述べたときはこの限りでない。」と規定するところであつて、右は内閣総理大臣の異議が述べられたときは、裁判所は執行停止の決定をすべきでないという趣旨の規定であつて、停止決定後に異議が述べられた場合をも含んだ規定とは解せられないからである。 さて記録によれば、原審が執行停止の決定をしたのは昭和27年3月15日であり、内閣総理大臣の異議が述べられたのは右の後である同年5月16日であることが明らかであるから、本件異議は不適法なものであり、したがつてこの異議を前提とする本件抗告も亦(マタ)不適法なものといわなければならない。』 とね。 判決文自体は、大して面白いことを言っているわけではないわ。 内閣総理大臣の異議の根拠となった行政事件訴訟特例法(当時)10条2項但書きから、異議が不適法なものであると認定しているわけだけど、その認定は、 『内閣総理大臣の異議が述べられたときは、裁判所は執行停止の決定をすべきでないという趣旨の規定であつて、停止決定後に異議が述べられた場合をも含んだ規定とは解せられないから』 としている部分になるわね。 執行停止決定の前に異議がなされれば、執行停止の決定はできなかったけれど、本件異議は、執行停止決定の後であるため不適法ってことを言っているわけね。 |
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ふむふむ・・・。 確かに、そのとおりって感じの判決文だね。 確かに、面白いこと言ってないけど、じゃあ、なんで、わざわざこの判例を紹介したんだってことにならない? |
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実は、米内山事件で見てもらいたかったのは、この事件で述べられた田中耕太郎裁判官少数意見の方なのよね。 後々の判例にも影響を与える、とても大事な考え方が、そこでは示されているわ。 一部抜粋して紹介しておくわね。 『多数意見は行政事件訴訟特例法10条2項但書の内閣総理大臣の異議が同項本文の裁判所の執行停止決定のなされる以前であることを要するとの理由で、職権調査の結果本件抗告を棄却したが、この除名処分執行停止申立事件にはもつと根本的なところに問題が伏在するのである。 それは地方議会議員の除名に対し裁判所が執行停止を命ずる決定をすることができるかどうかということに外ならない。』 『本件の除名処分が、議会の内部規律の問題として、議会自体の決定に委ぬべきものであり、司法権の介入の範囲外にあるものと考えるものである。』 『以上の結論の理論的基礎としては、これを法秩序の多元性に求めなければならない。 凡そ法的現象は人類の社会に普遍的のものであり、必ずしも国家という社会のみに限られないものである。 国際社会は自らの法を有し又国家なる社会の中にも種々の社会、例えば公益法人、会社、学校、社交団体、スポーツ団体等が存在し、それぞれの法秩序をもつている。 法秩序は社会の多元性に応じて多元的である。それ等の特殊的法秩序は国家法秩序即ち一般的法秩序と或る程度の関連があるものもあればないものもある。 その関連をどの程度のものにするかは、国家が公共の福祉の立場から決定すべき立法政策上の問題である。 従つて例えば国会、地方議会、国立や公立学校の内部の法律関係について、一般法秩序がどれだけの程度に浸透し、従つて司法権がどれだけの程度に介入するかは個々の場合に同一でない。 要するに国会や議会に関しても、司法権の介人が認められない純然たる自治的に決定さるべき領域が存在することを認めるのは決して理論に反するものではない。 そうして本件の問題である懲罰の事案のごときは正にかかる領域に属するものと認めなければならない。』 『要するに裁判所は国家やその他の社会の中に「法の支配」を実現する任務を負担するものであるが、それが関係し得る事項には一定の限界がある。 それは社会の性質によつて一様ではない。 第一に国家は行政庁の裁量処分の当不当には介入し得ないこと勿論である。 第二に単に当不当の問題に委ねられないで法規の制約が存する場合においても、法規の要件を充足するや否やが当該社会の自主的決定に一任されている場合には、それに介入することができない。 そうして本件の場合はこの第二の場合に属するのである。 裁判所が関係する法秩序は一般的のもののみに限られ、特殊的のものには及ばないのである。 もし裁判所が一々特殊的な法秩序に関する問題にまで介入することになれば、社会に存するあらゆる種類の紛争が裁判所に持ち込まれることになり、一方裁判所万能の弊に陥るとともに、他方裁判所の事務処理能力の破綻を招来する危険なきを保し得ないのである。 裁判所は自己の権限の正しい限界線を引かなければならない。』 この田中耕太郎裁判官少数意見は、法秩序の多元性という考えに立脚するものなんだけれど、後の「部分社会論」に発展していくものと位置づけられているわ。 「部分社会論」については、重要判例もあるところだから、しっかりまた検討する機会を設けるつもりだけれど、その前提として、この考え方は見ておくといいと思うわ。 |
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執行停止に対する内閣総理大臣の異議については、東京地裁昭和44年9月26日判決もありますね。 この裁判例では、執行停止の性質から、内閣総理大臣の異議の合憲性、そして、その判断に司法審査が及ぶのか、という問題が争点となっていますね。 |
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ソレも判例見るの? | ||
うーん、地裁判決とはいえ重要な論点もあるところだから、一応見ておいた方がいいかしらね。 裁判例は、東京地裁昭和44年9月26日ね。 |
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行政権に対する司法の審査権の限界というテーマでの勉強会だったので、なんだか憲法の勉強会というよりも、行政法の勉強会のようになってしまいましたね。 | ||
行政裁量とか、公定力とか、懐かしい言葉も出てきたです! | ||
えー。 行政法の勉強会もやっていたんだ! いいなぁ、いいなぁ。 チイも一緒に勉強したいなぁ。 |
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あ、そうそう。 木下さん? 今日よろしければ、帰り少し、私に付き合って下さらないかしら? |
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・・・。 (・・・サル・・・じゃなくって「木下さん」。 ヤバイ、ヤバイ。 あたしの中の危険感知センサーが、ビンビンに反応しとるお。 コレは、デンジャーな雰囲気が漂いまくっているお。) |
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美味しい物食べに行くの? だったら、チイも一緒に行きたいよ! |
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チ、チ、チイがそう言ってるから、あたしは遠慮するお! あ、あ、あたしも忙しいしねっ!! |
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御時間はとらせませんことよ? ほんの少し帰りに、私の迎えの車の傍まで来て頂くだけで結構ですから。 |
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あ・・・あたし、なんかしたかな? いや、マヂで、今日に関しては身に覚えがないんだけど・・・。 |
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木下さん、口にされたじゃないですか。 あの言葉・・・。 |
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あの言葉? | ||
ホラぁ。 例のカイザー・・・。 使われた場合は、どうなるんでしたっけ? 木下さんは、御存知でしたよね? |
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・・・あっ。 | ||
以前、私が誤って口にした際には、ヒドい目に遭ったわよね。 あの晩、帰宅した際に、警護のSPの方が、私のオデコの腫れを見て、ヒドい騒ぎになってね・・・。 お嬢様に、かような狼藉を働いた者に、是非しかるべき報いをって話になっていたのよね。 女子柔道歴18年の柴田さんが、是非仇をとらせて欲しいって、顔を合わせる度に言っていたから、今さっき電話で呼んでおいたのよね。 |
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・・・。 (ガクガクブルブル) |
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大丈夫よ。 今なお現役の柔道家の方だから。 怪我の心配なんてしなくっていいわよ。 一応、投げ技か、寝技かくらいならリクエストにも応えてくれるわよ。 ・・・きっと。 |
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オネーちゃんっ!! やったね!! そんな凄い柔道家の方の技を味わえるなんて、滅多にないよ! |
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ひ、ひ、光ちゃん・・・。 昔から『恨みは水に流せ、恩は石に刻め』って言うじゃないのぉ。 いい言葉だと思うよぉぉ、あたしはっ!! |
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あの時と全く同じ言葉なのに、必死感が、まるで違うです・・・。 |