東京地裁昭和44年9月26日判決 | ||
それじゃ、配役からね。 デモ行進をしようとした原告を、チイちゃん。 デモ行進の許可申請を受けた東京都公安委員会をサル。 この許可処分の効力停止を決定した裁判所をナカちゃん。 その決定に対して異議を述べた内閣総理大臣を、つかさちゃん。 私はナレーターってことで、フルスケールキャストで頑張りましょうか! |
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ナレーター |
昭和42年。 憲法施行20周年を記念して、憲法擁護の趣旨を広く国民に訴えようと、ある憲法擁護団体がデモ行進を企画しました。 |
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憲法を学ぶことで、我が国の憲法の大切さがよりワカッタよ! こんな素晴らしい憲法を、大事にしていくってことは、日本人の共通認識にしないとダメだよ! よーし、そのためにも、デモ行進をして、憲法擁護の大切さを、より多くの人に知ってもらわないといけないね! ただ、デモ行進をする以上は、ちゃんと許可をもらわないといけないんだよね。 えーっと、東京都公安条例があるから・・・。 |
原告 | |
6月10日に憲法擁護を訴えるデモ行進をしたいから許可が欲しいよ! | 原告 | |
東京都公安委員会 |
えーっと、それじゃ、デモ行進のルートを事前に教えて下さい。 | |
あのね、ココを通って、ココを通って、ココを抜けて、ココを通って・・・。 許可が下りないと、デモ行進ができなくなっちゃうから、早く御願いします! |
原告 | |
ナレーター |
デモ行進の2日前になる6月8日。 デモ行進の許可処分が下ります。 |
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東京都公安委員会 |
うーん。 ルートを確認したんだけど、国会周辺もデモ行進のルートに入っているよね。 ちょっと、このルートだと許可は出せないんだよね。 だから、国会周辺のルートを変更することを条件として、許可を出すってことにするね。 |
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そんなのダメだよ! このデモ行進のルートにも、ちゃんと意味があるんだもん! そんな許可処分は受け容れられないよ! それなら、チイは、そんな条件付の許可処分なんて取り消すよう訴えるよ! あ、でもでもデモ行進は、もう明後日だから・・・とりあえず、許可処分の条件部分については効力停止の申し立てもするよ! |
原告 |
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ナレーター |
この申立てを受けて、東京地裁は、翌9日午後9時過ぎに、次のような決定を下します。 | |
東京地裁 |
チイちゃんの申立ては、もう明日のデモ行進の許可についてのものです! 急いで判断をしないと間に合わなくなるです! 審議した結果、 @本件申立てには、回復困難な損害を避けるための緊急の必要が認められるです! Aそして、このデモ行進を認めることで、国政審議権の公正な行使を阻害し、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると断ずることもできないです! したがって、デモ行進の進路変更の条件部分については、その効力を停止することを決定するです! |
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わーいっ! これで明日のデモ行進は、予定通り、国会周辺をルートにしてもいいってことになったよ! |
原告 |
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ナレーター |
しかし、同9日午後11時過ぎ。 当時の内閣総理大臣が、この決定に対して、行政訴訟法27条に基づき異議を唱えます。 |
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内閣総理大臣 |
そんな決定は認めるわけには、いきません! 内閣総理大臣として、行訴法27条に基づき、同決定に対して異議を述べるものであります! そのような決定は、直ちに取消しなさい! |
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ナレーター |
行政事件訴訟法第27条4項は、次のように定めます。 『第1項の異議があったときは、裁判所は、執行停止をすることができず、また、すでに執行停止の決定をしているときは、これを取り消さなければならない。』 そのため、デモ行進の当日である6月10日午前5時50分。 東京地裁は、執行停止決定を取り消したのでした。 |
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東京地裁 |
あうあうあうあうです! 仕方ないです! 執行停止の決定は取消すです! |
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えええーーーーっ!! そんなのドタキャンだよっ!! ・・・でも、デモ行進で一緒に行進してくれる人達に迷惑はかけられないし・・・くぅぅぅ、納得いかないけれど、国会周辺ルートは諦めて、デモ行進するしかないね・・・。 |
原告 |
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ナレーター |
原告は、当初予定していた国会周辺ルートを諦めてデモ行進をしました。 | |
でも、そもそも内閣総理大臣の異議自体が不当なんだよ! チイ達は、あくまでも平和的にデモ行進をしようって言ってるだけなのに、それを認めてくれた裁判所が下した判断に異議を言うなんて許されないって思うよ! お陰で、チイ達のデモ行進が散々迷惑かけられたんだよ! 国家賠償を求めて、チイは訴えるよ! |
原告 |
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そこまでかな。 | ||
・・・コレ、そもそもおかしくない? | ||
え? ナニが? | ||
いや、さっき検討した判例・・・えーっと、米内山(ヨナイヤマ)事件(最大決昭和28年1月16日)だったっけ? あの判決文では、内閣総理大臣の異議の時期は、裁判所の執行停止決定のなされる前でなければならないって話だったじゃないの。 でも、この事件では、執行停止決定の後に異議を述べているよね? コレだったら完全にアウトになるって思うんだけど。 |
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あ、ゴメン、ゴメン。 少し説明が言葉足らずだったわね。 米内山事件の際の、内閣総理大臣の異議は、行政事件訴訟特例法という当時の法律に基づくものだったわけ(行政事件訴訟特例法10条2項但書)。 ただ、その後の法律改正によって、行政事件訴訟特例法は、行政事件訴訟法に改められ、その際に、行政事件訴訟法が、米内山事件の決定とは逆に、執行停止決定後の異議申述をも認める、という規定を定めたのよね。 ちょっと六法で確認しておこうかしら。 行政事件訴訟法27条を見てくれる? |
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行政事件訴訟法第27条。 『(内閣総理大臣の異議) 第27条 1項 第25条第2項の申立てがあつた場合には、内閣総理大臣は、裁判所に対し、異議を述べることができる。執行停止の決定があつた後においても、同様とする。 2項 前項の異議には、理由を附さなければならない。 3項 前項の異議の理由においては、内閣総理大臣は、処分の効力を存続し、処分を執行し、又は手続を続行しなければ、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれのある事情を示すものとする。 4項 第一項の異議があつたときは、裁判所は、執行停止をすることができず、また、すでに執行停止の決定をしているときは、これを取り消さなければならない。 5項 第一項後段の異議は、執行停止の決定をした裁判所に対して述べなければならない。ただし、その決定に対する抗告が抗告裁判所に係属しているときは、抗告裁判所に対して述べなければならない。 6項 内閣総理大臣は、やむをえない場合でなければ、第一項の異議を述べてはならず、また、異議を述べたときは、次の常会において国会にこれを報告しなければならない』 |
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あらま・・・。 | ||
本件では、この行政事件訴訟法27条1項に基づいて、執行停止の決定後であっても、問題なく、内閣総理大臣は、異議を述べることが出来るってことになるわ。 サル、いい指摘だったわ。ありがとうね。 |
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なんか都合よく法律イジってくれちゃってんなぁ、って思うのは、あたしだけかな。 | ||
まぁ、そのあたりの判断は、立法政策の問題だからね。 | ||
ウワっ!! ナニ、その都合のいい物言いはっ!! |
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あたしが言っているわけじゃないけれどね! その点も、本件では争点になっているわ。 さっき、判例検討に入る前に、つかさちゃんが争点については指摘してくれていたわけだけど、改めて、まとめると争点は、次の3つだったわよね。 @執行停止の性質 A内閣総理大臣の異議の合憲性 B異議の内容の適否について司法の審査権が及ぶのか という3つよね。 |
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こくこく(相づち)。 | ||
少し判決文が長いから、争点ごとに分割して引用すると、@執行停止の性質については、次のように述べられているわ。 『行訴法第25条第2項ないし第5項に規定する行政処分の効力または執行の停止は〜中略〜いわゆる公定力を有し、したがって、行政庁はみずからその処分の執行をすることができる、いわゆる自力執行性を有するのであるから、行政処分の効力または執行の停止は行政処分たる性質を有するものである』 として、行政処分としての処分性のあることを認めているわね。 公定力については行政法の勉強会で勉強済みだけれど、処分性についてはまだしっかりと勉強していないから、その点については学ぶ必要があるわね。 |
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カイザーパワー(=公定力のことを言っています)かぁ。 懐かしいなぁ。 行政行為が仮に違法であっても、取消権限のある者によって取消されるまでは、差し当たり有効なものとして通用させる力だったよね。 誰であっても、公定力の働く行政庁の処分に対しては取り消されるまでは、その効果を否定することはできないっていう、その名に恥じない力をもっとるんだよね。 |
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カイザーパワーってナニ? | ||
チイちゃん、そんな言葉は憶えなくっていいです! 公定力の定義の部分だけ聞いて、後はスルーしちゃっていいです! |
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そうよね。 いつまで、その変な名前を引っ張るつもりよ! あっ!! |
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ん? どったの? | ||
ううん、なんでもないわ。 えーっと、次に争点A内閣総理大臣の異議の合憲性についての判断部分になるけれど、本判決では、この点についても真正面から合憲である、と述べているわ。 『行政処分の効力または執行を停止する権限は、本来固有の意味における司法権の範囲には属さず、いわば行政的作用であるが、国会は、立法政策上、司法機関たる裁判所に行わせるのが適当であると思考した結果、行訴法第25条においてこれを裁判所の権限とすると至ったものである。 いわば、それは、本来的な行政作用の司法権への移譲にほかならない。 したがって、その権限移譲にあたり、どのような態様で移譲し、どのように司法機関に行わしめるかも、一つの立法政策の問題であって、合憲違憲の問題は起らない』 とし、 『したがって、行訴法第27条において、国政全般に通暁し行政権の最終最高の責任者たる総理大臣に、公共の福祉の必要上、止むことを得ないと判断した場合にかぎり、行政処分の効力または執行停止の申立がなされた場合に、裁判所のなすべき停止決定の権限を抑制し、また、右申立に基き裁判所のなした停止決定の効力を事実上奪う権限を与えたことは、立法政策として、当、不当を論ずる余地は十分にあるけれども、これをもって違憲視することはできないのである。 したがって、行訴法第27条第1項、第4項の規定が憲法第76条第1項に違反するものであるとはいえない』 として、 行政庁の処分行為である執行停止は、争点@にも述べたように『行政処分たる性質を有するものである』ものであることから『固有の意味における司法権の範囲には属せず』、この権限をどこまで裁判所に移譲するかについては、立法政策上の問題であって、そもそも『合憲違憲の問題は起らない』としているわ。 |
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つまり、内閣総理大臣による異議を伴うような移譲であったとしても、ソレは、そもそも立法政策の問題だってことね。 | ||
そういうことになるわね。 ね? 私が言っていたわけじゃないってことがワカッタでしょ? |
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でもでも、原告役をしたチイとしては、内閣総理大臣の異議の内容自体にも問題はあると思うよ! 憲法擁護のデモ行進が、国会周辺を通っちゃいけないなんていうのは、おかしいと思うよ! |
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それが争点B異議の内容の適否について司法の審査権が及ぶのか、という問題になるわね。 この点について、裁判所は次のように述べているわ。 行政事件訴訟法27条の『一連の規定は、異議申述についての総理大臣の政治的責任を明らかならしめることによって、異議申述を慎重にさせようとするものであって、裁判所は、異議の理由として示された事情の存否、およびそれが公共の福祉に重大な影響を及ぼすものといえるか否かについての判断権、すなわち異議の理由の当否についての判断権を有しないと解するのが相当』である。 としているわ。 そして、これらの問題は 『政治責任の問題として、国会において検討されるべきことがらであり、違法、適法の問題として、裁判所で審判の対象となる問題ではない』 と位置づけているのね。 |
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ううん・・・なんか納得いかないよ! そんなこと言ったら、内閣総理大臣の異議は、誰も止められないってことになっちゃうよ! |
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そうね、確かに学説からは、内閣総理大臣の異議を当然に認めた点や、また、異議内容についての司法の審査権が完全にないとまで認めた本判決については批判も強いところだからね。 チイちゃんが、そのような考え方をとることも有り得るところだと思うわ。 |
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あたしも、なんか納得いかないからなぁ。うんうん。 | ||
そうね。 判例を勉強する際に、批判的な目線からの検討というのも大事なことだと思うわ。 あ、ちょっと失礼して、携帯つかわさせてもらうわね。 |
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あらあら・・・。 勉強会の真っ最中に携帯ですか、そうですか。 |