防衛行為の結果が第三者に生じた場合 | ||
サル、目を覚まさないわね・・・。 もうっ! どんだけ無茶してきたのよ、一体っ!! |
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・・・。 |
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藤さぁーーんっ! 藤さぁーーーーんっ! |
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焼肉屋に着いたら、お店の中のお肉の焼ける匂いで目を覚ますものとばかり思ったのに、コレは予想外の事態です・・・。 | ||
多分、刑法の勉強してて、寝ずに来たんじゃないのかなぁ? あの異常なテンション・・・っていうか、もう暴走してたもんね。 寝不足が原因だと思うから、寝かせておけば目を覚ますと思うわ。 |
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救急搬送の必要はないでしょうか? ICUで治療してもらったほうがいいかと思うのですけれど。 |
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大丈夫よ、きっと。 そうね・・・御座敷で、このまま、ただサルが目を覚ますのを待っているっていうのもアレだし・・・。 そうだ! 以前の勉強会での積み残しをココでやっちゃいましょうか。 憶えているかしら? 第三者と正当防衛の成否という個別的問題の話を以前したわよね。 この正当防衛と第三者の法益が関係する場合には、大きく3つの場合があるって言ったわよね。 あのときは例示として、反撃行為の結果が、侵害者以外の第三者に生じた場合を挙げたわよね。 コレは、イメージしやすいように言うと、例えば、日本刀で斬りつけてきたサルに対して、私が猟銃を撃ったところ、近くにいたナカちゃんに当たって怪我をさせてしまったような場合がそうよね。 争いのあるところだし、実際、事例問題でもよく問われる問題ではあるんだけれど、この場合、正当防衛が成立するか、誤想防衛が成立するか、はたまた緊急避難が成立するか、という問題になるから、それぞれの勉強をしてから改めてってことにしたんだけど、一応、それぞれの勉強が済んだわけだし、今やることにしちゃいましょうか。 |
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藤さんを、このままにされて勉強会ですか!? 藤さんが、このまま目を覚まされない可能性は考えられないのですか? |
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つかさちゃん、心配し過ぎよ。 サルは、昨日しっかり予習してきていたみたいだし、この論点についても、おそらく抑えてきていると思うから、その点も心配なさそうだしね。 それじゃ、早速考えてみましょうか。 質問! 日本刀で斬りつけてきたサルに対して、私が猟銃を撃ったところ、近くにいたナカちゃんに当たって怪我をさせてしまったような場合、私の行為をどのように考えるべきでしょうか? |
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いつも元気な藤先輩が、いない勉強会は寂しいです・・・。 でも、このまま待っているのも勿体無いです・・・。 えーっと、問題を考えるに、明智先輩の行為には、正当防衛の成立の余地があると思うです。 ただ、それはあくまでも相手が藤先輩に対してですよね。 明智先輩の銃は、侵害相手の藤先輩ではなく、関係のない私(=第三者)に命中しているです。 これを正当防衛とすることには抵抗があるです。 そうなると、後は、誤想防衛か、緊急避難か・・・ということになりそうです。 うーん、難しいです・・・。 |
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争いのある論点だから、難しいのは無理もないと思うわ。 学説にも対立のあるところなのよね。 正当防衛説、誤想防衛説、緊急避難説、とあるのよね。 簡単に、それぞれの学説を紹介しておくと。 正当防衛説は、正当な反撃行為から生じた結果は全て正当化される、と説かれるわ。但し、少し批判の強い学説ではあるわね。 誤想防衛説は、正当防衛は成立しないが、誤想防衛として故意(または責任故意)を阻却する、と説かれるわ。 緊急避難説は、『現在の危難』を回避したことになるので、緊急避難が成立する、「防衛の意思」があれば避難の意思が、そこには認められる、と説かれるわ。 では実際に、この問題を判例はどのように取り扱うのか、ということよね。 |
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ムニャムニャ・・・。 カルビぃ〜、ロースぅ〜。 |
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光ちゃんっ! 藤さんが、うわごとをっ!! |
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つかさちゃん、しっかりしてよ。 寝言じゃないの、どう聞いても。 判例検討したいところだったけれど、サルもつかさちゃんも、ちょっと参加するのは無理みたいだから、説明で済ませちゃうわね。 ゴメンね、ナカちゃん。 扱う判例は、百選T 26事件(大阪高判平成14年9月4日)ね。 事案を話すと、事件の被告人は、お兄さんと一緒に行動をしていたのね。 そこを7名くらいの人から木刀等で襲い掛かられたの。 被告人は、自動車に逃げ込んだんだけど、逃げ遅れた被告人のお兄さんは、木刀で2発殴られ、その上、さらに襲い掛かってきた男から木刀で殴られそうになっていたの。 自動車の中の被告人は、お兄さんを助けたい一心で、お兄さんと木刀を取り合って揉み合っている男に向けて、自動車を急後退させて追い払おうとしたわ。 ところが、被告人の運転する車は、襲ってきた男の右手に衝突しただけで、車本体はお兄さんを轢き殺してしまったの。 |
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あうあうあうあうあうあう。 なんとも、やりきれない話です・・・。 コレは、正当防衛や、緊急避難が認められないとなると、被告人は、自分のお兄さんに対して、傷害致死罪になってしまうです・・・。 |
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そうね。 自動車で、人を轢き殺しているんだから、傷害致死罪に問われてしまう行為よね。 実際、一審も、被告人の行為に傷害致死罪を成立させているのよね。 そのことを踏まえて、高裁の判断を見てみましょうか。 『被告人が本件車両を急後退させる行為は正当防衛であると認められることを前提とすると、その防衛行為の結果、全く意図していなかった兄に本件車両を衝突・轢過させてしまった行為について、どのように考えるべきか問題になる。 不正の侵害を全く行っていない兄に対する侵害を客観的に正当防衛だとするのは妥当でなく、また、たまたま意外な兄に衝突し轢過した行為は客観的に緊急行為性を欠く行為であり、しかも避難に向けられたとはいえないから緊急避難だとするのも相当でないが、被告人が主観的には正当防衛だと認識して行為している以上、兄に本件車両を衝突させ轢過してしまった行為については、故意非難を向け得る主観的事情は存在しないというべきであるから、いわゆる誤想防衛の一種として、過失責任を問い得ることは格別、故意責任を肯定することはできないというべきである』 としているわね。 この高裁の考え方は、学説でいうところの誤想防衛説と親和的なものといえるわよね。 |
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あぁ、よかったです・・・。 ということは、さっきの明智先輩の質問の事案でも、藤先輩の『急迫不正の侵害』に対して、明智先輩は反撃(猟銃の発砲)した結果、意図しない客体である私の怪我という結果が生じているわけですが、そこに故意非難を向け得る主観的事情を欠くことから、誤想防衛となりうるってことですね。 |
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うんうん。 そういうことになるわね。 |
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今日の勉強会では、藤先輩が暴走して横入りしてきたせいで、ほとんど検討できなかったので、ようやく答えることができて嬉しいです。 ワーイ、ワーイ! |
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ムニャムニャ・・・。 ナカチビぃ〜、こロースぅ〜。 |
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ひぃぃぃぃぃっ!! なんか怖いこと言っているです! |
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寝てても、ナカちゃんに意地悪するのね・・・。 ホント、どうしようもないわね、サルは。 えーっと、正当防衛と第三者の法益が関係する場合には、大きく3つの場合があるってことだから、あと2つの場合があるわけよね。 それぞれの場合を言うから、考えてみてくれるかしら? |
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は、はいです! | ||
質問! サルが、私の飼い猫の左馬之助をけしかけて、ナカちゃんを襲わせたの。 ナカちゃんは、猫が襲ってきたので、防衛のために、左馬之助をはたいて怪我させてしまいました。 さぁ、この場合のナカちゃんを考えてくれる? |
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むむむ・・・これもまた難しいです・・・。 私の行為は、正当防衛かとも思えるのですが、明智先輩は、勝手に自分の猫を、藤先輩に利用されているわけですよね。 それを私に怪我させられてしまっていることを思うと・・・うーん。 |
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そうね、ちょっと判例があるところではないから、学説で理解することになっちゃうんだけど。 学説には大きく2説があるのよね。 通説的理解としては、正当防衛説ね。 第三者の物(ここでは佐間之助)は、不正侵害の一部となることから、正当防衛が成立する、と考えるわけ。 もちろん、今、ナカちゃんが検討してくれたように、サルが私の左馬之助を利用しているという行為側面を重視して、第三者である私の法益は「正」であることから、他の要件を満たせば緊急避難が成立する、と考える緊急避難説という学説もあるわ。 ナカちゃんが、しっくり来る方をとればいいと思うわ。 |
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こくこく(相槌) | ||
それじゃ、最後の3つ目の場合説明しちゃうわね。 これは例えば、サルが私に襲い掛かってきたので、咄嗟に私が傍にあったナカちゃんの持ち物を利用して、防衛行為をとったところ、そのナカちゃんの持ち物が損壊してしまった・・・というような場合ね。 この場合は、第三者の法益を侵害したことから緊急避難が成立する、と考える緊急避難説が通説とされているわね。 |
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色々な場合があるんですね。 そして、それぞれに取扱いが違うんですね。 しっかり復習しておくです。 |
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そうね、そうしてくれると嬉しいわ。 アラ? なんか、食い意地のはった眠り姫様が、目を覚ましそうよ? |
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むむむっ! なんか、すっごいいい匂いがするお! |
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ああっ! 藤さん、気付かれましたか!? |
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藤先輩、おはよーです。 | ||
クンクンクン・・・このスメル・・・。 コレは、まごうことなき肉の焼ける匂いだお!! ここは桃源郷かお? 理想郷かお? |
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あんたの理想郷は、どんだけ肉まみれなのよ。 ようやく起きたみたいね。 ホント、みんなに心配させて。ナニやってんのよ。 真面目に勉強会に参加するようにとは言ったけれど、食事抜いて徹夜してまでの勉強なんて、誰も求めちゃいないわよ、バカ! |
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うんうん。 まぁ、言いたいことあんなら、食べながらでも聞けるから。 とりあえず、注文していいかな? |
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藤さん、大丈夫なんですか? 目が覚められて、すぐに焼肉なんて脂っこいもの平気なんですか? |
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いや、むしろ、この匂いの中で焼肉が食べられない現状こそ平気でいられないお。 もう、あたし我慢のリミットブレイクで、目の前のチビっ子に噛み付きそうな勢いだかんね! |
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ひぃぃぃぃぃぃぃっ!! あ、あ、明智先輩っ!! 早くお肉を注文しましょうです!! |
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うひょひょひょひょひょひょひょひょっ!! さぁっ! 食べるぞぉぉぉっ!! |
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まぁ、私もサルが頑張ってきてくれたこと自体は評価しているから。 約束どおり、今日は思う存分食べてくれていいからね。 ただ、一言、二言、サルに言いたいことはあるから、ソレは食べながらでいいから聞いてよね・・・って・・・・ |
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美味ぁぁぁぁあっい!! 肉、美味ぁぁぁぁっいっ!! |
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藤さん、よかったですね! | ||
明智先輩・・・。 藤先輩、微塵も聞いてないです! |
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・・・予定調和なオチだこと。 |