今日の勉強会では、債務の内容について学ぶことにするわね。 債務者には、債権者に対する「一定の利益」実現のための行為負担が課されるんだったわよね。 |
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こくこく(相槌)。 |
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例えば、前回勉強会での、債務者であるつかさ医師の債権者である患者サルへの債務だったら、医療水準に則った適切な診療をするという行為を債務として負っているってことになるわけよね。 この行為は、その「一定の利益」(給付結果・給付利益)の実現のための行為負担という意味から「給付義務」と呼ばれるわ。 そして、この給付義務が、債務の中心になるわけなんだけど・・・。 |
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ほむほむ。 中心となるってことは、給付義務以外の義務もあるってわけだね? |
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そういうことよね。 では、ソレはどのような義務なのかってことを、具体的な事案から考えてみましょうか。 |
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・・・。 (サクっと言ってくれれば、ええのに。) |
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次のような事案において、債務者であるサルは債務を果たしたといえるかを考えてみてくれる? 質問! ナカちゃん(債権者)は、サル(債務者)の経営するラーメン屋で、特製海鮮ラーメンを注文して食べました。 ところが、このサルの出した特製海鮮ラーメンには、ノロウイルスが付着していたから、さぁ大変。 ラーメンを食べたナカちゃんは、帰宅後激しい吐き気や発熱、腹痛に襲われ入院することとなってしまいました。 |
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・・・この事案のラーメン屋のあたしは、注文されたラーメンを出しているんだから、債務(給付義務)は果たしたって言えるよね? | ||
え? そうなるですか? 確かに、注文されたラーメンは出していますが、私は、食べたら入院するようなラーメンを出されて、ソレで債務を果たしたなんて言われても納得できないです! |
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ノロウイルスは、アレじゃないのかな? 特製ラーメンのトッピングの一つだったんじゃないのかな? いわばサービスだおね、サービス。 |
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そんなサービス聞いたことないです! | ||
ふむ。 流石、あたしのラーメン屋だお。 お客様を驚かせる斬新なサービス展開をしてるみたいだお。 コレは、同業他社も真似できないんじゃまいか? |
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保健所から営業停止処分受けるような行為を「サービス」と嘯くなんて、とんでもないわね、あんた。 さて、事案のラーメン屋のサル(債務者)は、注文された特製海鮮ラーメンを、ナカちゃん(債権者)に提供したわけよね。 そうなると、サルが言ったように、ラーメン屋のサル(債務者)は、給付義務は果たした、ということにはなりそうよね。 ただ、ナカちゃんが言うように、入院させられるようなラーメンを出しておいて債務を果たした、というのは認め難い話よね。 ソコから、完全性利益と保護義務という話が出てくるわけ。 債務者は、給付義務だけでなく、給付利益を実現するにあたり、債権者が保有している利益(=生命、身体、所有権その他の利益)を侵害しないように配慮して行動する義務をも負っている、と考えるのよね。 このとき、債権者が保有している利益を「完全性利益」。 「完全性利益」を侵害しないように行動する義務を「保護義務」というわ。 |
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ということは、ラーメン屋のオネーちゃんは、給付義務は果たしたといえるけれど、ナカちゃんの健康(身体の安全)を害したことから、完全性利益を侵害したといえるよね。 従って、ナカちゃんの完全性利益を侵害しないように努めるべき義務(「保護義務」)を怠ったといえるよぉ。 債務者の債務の内容に、保護義務が含まれている以上、オネーちゃんには保護義務違反があるのだから、債務を果たしたとはいえないよぉ。 |
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そうね。 丁寧に説明するなら、チイちゃんの言うとおりになるわね。 ちょっとイメージしやすいように図にしてみましょうか。 ラーメン屋のサルの中心的な債務は、注文されたラーメンを提供するという給付義務よね。 でも、その際に、お客さんのナカちゃんの身体の安全を害さないよう努めるべきという保護義務もあるってことよね。 それぞれの義務が、ナニを囲っているのかってことに注目して見てくれると嬉しいわ。 |
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えへへへへ。 | ||
でも考えたら、そりゃそうだよね。 お腹壊すようなラーメン出されて、注文されたもん出したんだから、ええだろ! って言われたら、ドン引きだもんね。 |
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あんた、さっきまでノロウイルスをトッピングって言ってたじゃないのよ。 まぁ、常識的に考えれば、サルが言うように「そりゃそうでしょ」って話になるかも知れないけれどね。 この保護義務違反を認める実益としては、ナカちゃんが、サルの出したラーメンによる健康被害の回復に要した治療費や入院費を、損害賠償として求める際に、不法行為責任で構成するのではなく、契約責任を認めることが出来ることよね。 ソレじゃ、もう少し法律的な話をしておきましょうか。 この保護義務違反を理由とする債務不履行責任を認定するための判断過程(判断基準)を詳しく説明するわね。 |
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え? 「そりゃ、そうでしょ」って話を、わざわざ難しく言うってこと? |
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悪く言ってしまうと、そうなっちゃいますでしょうか。 | ||
法律の勉強会だからね。 法律的に正しい説明も、やっぱりしておかないとね。 (※ 正直、今の段階では読み飛ばしてもらって構わない、と思っております。ですので、ここは羅列的な記載に留めます。) それじゃ、この判断過程を説明していくことにするわね。 完全性利益の保護が、給付利益を構成していないにも関わらず、債務の内容に含まれ、その侵害が債務不履行となる、といえるためには、当該事案において、完全性利益の保護が「債務内容」となっている(債務に含まれている)という判断が前提となるわ。 そして、その判断は、次のような過程を経て決定されることとなるわ。 @安全性利益の存在 給付利益の実現に伴って、完全性利益の侵害(法益侵害)の特別な危険が存在していること (=給付利益実現のために、債権者が自らの法益を、相手方にさらさねばならないことが求められる。) A法益の管理・保護の委託 債権者としては、本来自身で行うべき自己の法益の管理・保護を、給付利益を受けるために、債務者に委ねざるを得ない状況にあること B完全性利益の保護義務(=完全性利益に対する善管注意義務) 安全性利益(法益)の管理・保護を委ねられた債務者は、給付利益を実現する過程で、その法益に対し、善良な管理者としての注意を尽さなければならない。 C侵害に対する善管注意義務違反(=保護義務違反) 法益侵害が生じたとき、それが債務者が注意を怠ったことによるものであれば、保護義務違反となる。 という過程を経て判断される、ということね。 |
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難しく聞こえるかも知れませんけど、具体的な事例をイメージしてみると、すぐにワカルと思いますよ。 例えば、私や藤さんは下宿しているじゃないですか。 今の部屋に入られる際には、引越し作業がありましたよね。 この引越し作業を、今、光ちゃんが説明してくれた○数字に、それぞれ当てはめてみれば、いいかと。 @引越しに際して、藤さんは荷物を運んでもらう引越し業者の方に、自分の所有物(財産)を預けたわけですよね。 となると、引越し作業完了までは、藤さんの所有物(債権者自身の法益)は、相手方の元にあるってことになりますよね。 A藤さんの所有物は、本来自分の物なのですから、管理・保護は自己でなすべきですが、引越し作業という給付利益を得る為(=下宿先に運び入れてもらうこと)には、引越し業者(債務者)に、その物を委ねざるを得ないわけですよね。 B他方、藤さんの引越し荷物を預かっている引越し業者(債務者)としては、その預かっている荷物は、藤さん(他人)の所有物なわけですから、引越し作業完了まで、壊さないよう、傷付けないように注意を尽すわけですよね(=善管注意義務)。 C引越し業者(債務者)は、引越し作業(給付利益実現)において、藤さんの物に対して、上記Bで述べた注意(善管注意義務)、そして荷物を運び入れる際には運び入れる先の部屋の壁や床についても傷つけないよう注意を払うべきなのですが、この注意を怠って、藤さんの物を壊したり、下宿先の部屋の床や壁を傷付けてしまったら・・・。 |
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ソレは、債務を果たしたとは言えないお! | ||
ですよね。 引越し業者である以上、頼まれた下宿先まで荷物を運びこむこと(=給付義務を果たすこと)さえすればいいってわけには、いかないわけですよね。 そこには、運ぶよう頼まれた荷物を壊したり、運び入れ先の部屋を傷付けたりしないよう注意を払うことも債務の内容に含まれているってことですよね。 今の光ちゃんの説明は、このことを述べているんです。 |
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成程、成程。 ワカリやすい話を、無駄に小難しく話してくれたってことか。 |
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なんて嫌な言い方してくれるのかしら。 法律の勉強会なんだから、法律的な説明は必要じゃなくって? |
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はいはい、クマクマ。 | ||
意味はワカラナイけど、相変わらず感じ悪いわね! そうそう。 この相手方の完全性利益を侵害しないように行動すべきである義務(=保護義務)は、債務者が追うだけでなく、債権者が負うこともあるわ。 具体的には、安全配慮義務と呼ばれるものね。 この安全配慮義務については、実は以前既に重要判例の検討を、別の法律の勉強会でしているんだけれど、重要な考え方だから、また改めて後の勉強会で、しっかり学ぶ機会を設けるつもりでいるから、今日はこれくらいの説明で終わっておくわね。 |
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あ、あの判例ですね! | ||
あら。 ナカちゃんは、ピンときちゃったみたいね。 いつも復習をしっかりしているからかしらね。 |
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チイも、アレかな? って判例は浮かんでいるよぉ。 |
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有名判例ですからね。 皆さんピンと来ているんじゃないでしょうか。 ですよね。藤さん。 |
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はいはい。 あの判例ね。 うんうんうんうん。 |
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・・・どの判例なのよ。 言ってみなさいよ。 |
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え? なんで、あたしにだけ当たりがキツいの? |
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別に、そんなことないわよ。 ただ、どの判例か特定しているのかな? って思ってね。 |
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・・・・。 | ||
はっ!! そ、そうですよね!! きっと、藤さんの脳内には、最高裁判決のみならず、下級審までも含んだ、それこそ夥しい数の判決文がデータベースのように詰まっておみえになるんですよね!! 安全配慮義務を認めた判決だって、それこそ一杯あるわけですから、ソレを答えろなんて無茶ぶりにも程があるって話ですよね!? |
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そうそうそうそうっ!! マヂソレっ!! |
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・・・そんなわけないじゃないのよ。 もう、つかさちゃんはサルのことを、どんだけ妄信しちゃってるのよ。 |
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・・・。 (敢えて突っ込みませんが、以前既に重要判例として別の法律の勉強会で安全配慮義務について触れた判例って限定されているんですから、一つしかないはずです・・・。) |