前回の勉強会では、履行強制の方法について 直接強制(民法414条1項) 代替執行(民法414条2項、3項) 間接強制(民事執行法172条、173条) という手段を学びましたよね。 この基本的な方法の区分の理解を前提として、具体的に、それぞれの債務の履行の強制において、どのような強制が図れるのか、という問題を、この補講では学びたいと思います。 |
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つかさちゃん、ヨロシクね! |
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や、やめて下さい。 いつも光ちゃんのやっている勉強会を意識して話しているだけですよ。 えーっと、ソレじゃ先ず、この問題は大きく2つに分けられますね。 1)物の引渡し債務の場合 2)作為債務および不作為債務の場合 の2つの場合です。 |
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ふむふむ。 | ||
1)物の引渡し債務の場合 ですが、この物の引渡しを目的とする債務(=与える債務)においては、直接強制の方法が認められ、また、直接強制が最も適切な方法といえます。 直接強制の具体的執行手続ですが、ここもまた2つに分けて考える必要があります。 @金銭債務の場合 Aその他の「与える債務」の場合 の2つの場合です。 @金銭債務の場合は、債権者は、個々の財産を、個別に差し押さえて換価し、配当を受けることになります(民事執行法43条以下)。 Aその他の「与える債務」の場合は、目的物が不動産の場合と、動産の場合とに分けられますね。 民事執行法168条1項、169条1項を見てもらってよろしいでしょうか? |
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民事執行法第168条 (不動産の引渡し等の強制執行) 『1項 不動産等(不動産又は人の居住する船舶等をいう。以下この条及び次条において同じ。)の引渡し又は明渡しの強制執行は、執行官が債務者の不動産等に対する占有を解いて債権者にその占有を取得させる方法により行う。』 民事執行法第169条 (動産の引渡しの強制執行) 『1項 第168条第1項に規定する動産以外の動産(有価証券を含む。)の引渡しの強制執行は、執行官が債務者からこれを取り上げて債権者に引き渡す方法により行う。』 |
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条文を読んでもらえばワカルように 目的物が不動産であれば『執行官が債務者の不動産に対する占有を解いて債権者にその占有を取得させる』こととなります。 目的物が動産であれば『執行官が債務者から』物を『取り上げて債権者に引き渡す』ことになるわけです。 物の引渡しを目的とする債務(与える債務)においては、直接強制という方法が、最も有効な手段ってことですから、この執行手続を経ることが、いいように思うわけですが。 |
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え? です「が」? ナニか問題があるの? |
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問題があるわけではないですが、直接強制が許される債務(※ただし、金銭債務を除く)に対して、間接強制という方法をとることが出来るのか? という問題がありますね(間接強制の選択可能性)。 もっとも、その答えは条文があるので、先に条文を見てしまいましょうか。 民事執行法173条1項を見てもらってよろしいでしょうか? |
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民事執行法第173条 『1項 第168条第1項、第169条第1項、第170条第1項及び第171条第1項に規定する強制執行は、それぞれ第168条から第171条までの規定により行うほか、債権者の申立てがあるときは、執行裁判所が前条第1項に規定する方法により行う。この場合においては、同条第2項から第5項までの規定を準用する。』 前条第1項・・・? なんでしたっけ・・・ちょっと確認してもいいですか? 民事執行法第172条 (間接強制) 『1項 作為又は不作為を目的とする債務で前条第一項の強制執行ができないものについての強制執行は、執行裁判所が、債務者に対し、遅延の期間に応じ、又は相当と認める一定の期間内に履行しないときは直ちに、債務の履行を確保するために相当と認める一定の額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる方法により行う。』 あっ! 間接強制の方法を選択することが出来ると定められているです! |
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そうですね。 民事執行法173条1項は、債権者は、直接強制が許される債務(※ ただし金銭債務を除く)について、間接強制の方法を選択することができる、としています。 かつては、直接強制が出来る債務については、代替執行や間接強制は許されない、とされていました。 その理由は、直接強制ができるのであれば、わざわざ他の方法をとる必要はない(訴訟経済上、不都合だから)と考えられたからです。 しかし、平成15年の担保・執行法改正により、その考えは改められます。 債務者の意思にかかわらず、債務内容を実現する方法である直接強制と異なり、債務者の自発的な履行を安価に引き出すことの出来る方法として、間接強制という方法が、積極的に評価されたわけですね。 |
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確かに、任意に弁済を促す間接強制の方がええよね。 | ||
そうかなぁ? だって、弁済しない間は、お金を支払えっていう心理的圧迫を加え続けられるんだよぉ? ソレって、債務者としてはすっごい嫌なことだと思うけどなぁ。 |
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でも、直接強制だったら、それこそ病人の布団だって引っぺがしかねないよ? 子供が泣き叫んでも持って行くっていうような勢いさえ感じるよ? そっちのほーが債務者は嫌じゃない? |
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うーん、ドッチもドッチで嫌だよぉ。 | ||
まぁ、そうですよね。 よくよく考えてみると、いずれの方法が債務者にとって酷ではないのか、というのは難しい問題ですよね。 ですから先の説明のように平成15年の改正では、間接強制と他の強制執行の方法とが認められるときは、債権者は、その方法を自由に選択して申し立てることができる、とされたんですよね。 |
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成程ねぇ、そういう理解になるわけか。 でも確かに、言われてみれば 民事執行法第169条 (動産の引渡しの強制執行) 『1項 第168条第1項に規定する動産以外の動産(有価証券を含む。)の引渡しの強制執行は、執行官が債務者からこれを取り上げて債権者に引き渡す方法により行う。』 だからね。 執行官が、債務者から『取り上げて債権者に引き渡す』なんていう直接強制は、債務者の意思もナニもあったもんやないからねぇ。 あたしみたいな穏当な人間からしたら、そこまでして債権を実現しちゃうわけ? ってな気持ちにもなっちゃうよねぇ。 |
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・・・。 (ナニが穏当な人間ですか。 藤先輩が債権者だったら、民事執行の手続きさえ無視して、自分で債務者から取り上げに行きかねないと思うです。) |
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なんやとっ!? | ||
ふえっ!! あうあうあうあうあうあうあうっ!! わ、わ、私はナニも言ってないです! |
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ど、どうしたの? | ||
いや、なんかチビッ子1号が、あたしの方見てたから、チョロッとカマかけてみただけ。 | ||
いきなり大声出さないでよ。 何事かってビックリしちゃったじゃないのよ。 |
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私の説明が不十分だったのかと心配してしまいました。 ソレじゃ、先を続けますね。 次は 2)作為債務および不作為債務の場合 になります。 先ず原則として、作為債務および不作為債務に対しては、その作為・不作為内容が代替給付を許す場合(=債務者以外の第三者による給付内容の実現が可能である場合)には、代替執行が出来るってことでしたよね。 条文を再確認しておきましょうか。 民法414条2項、3項ですね。 |
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民法第414条 (履行の強制) 『2項 債務の性質が強制履行を許さない場合において、その債務が作為を目的とするときは、債権者は、債務者の費用で第三者にこれをさせることを裁判所に請求することができる。ただし、法律行為を目的とする債務については、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる。 3項 不作為を目的とする債務については、債務者の費用で、債務者がした行為の結果を除去し、又は将来のため適当な処分をすることを裁判所に請求することができる。』 |
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代替執行の具体的な執行手続ですが @代替的作為債務の代替執行の手続 A不作為債務の代替執行の手続 とを分けて整理しておきますね。 先ず、@代替的作為債務の代替執行の手続についてですが、これは、債権者が、債務者の費用をもって、債権者自身もしくは第三者に作為をさせることを、裁判所に請求することによってなされます。 |
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えーっと、つまり、債権者が、裁判所から、費用取立ての授権および代替履行の授権を受けて(授権決定)、これに基づいて、債権者もしくは第三者が債務内容を実現し、かつ、それにかかった費用を債務者から取り立てる、ってことね? | ||
そうですね。 代替執行について定めた民事執行法の条文も確認しておきましょうか。 民事執行法171条になりますね。 |
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民事執行法第171条 (代替執行) 『1項 民法第414条第2項 本文又は第三項 に規定する請求に係る強制執行は、執行裁判所が民法 の規定に従い決定をする方法により行う。 2項 前項の執行裁判所は、第33条第2項第一号又は第六号に掲げる債務名義の区分に応じ、それぞれ当該各号に定める裁判所とする。 3項 執行裁判所は、第1項の決定をする場合には、債務者を審尋しなければならない。 4項 執行裁判所は、第1項の決定をする場合には、申立てにより、債務者に対し、その決定に掲げる行為をするために必要な費用をあらかじめ債権者に支払うべき旨を命ずることができる。 5項 第一項の強制執行の申立て又は前項の申立てについての裁判に対しては、執行抗告をすることができる。 6項 第6条第2項の規定は、第1項の決定を執行する場合について準用する。』 |
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民事執行法171条4項にあるように、代替執行に必要な費用については、債権者の申立てにより、裁判所が『債務者に対し、その決定に掲げる行為をするために必要な費用をあらかじめ債権者に支払う』よう命じることができますね。 | ||
こくこく(相づち)。 | ||
では、次に A不作為債務の代替執行の手続 ですが、不作為債務については、その不履行により有形的な違反状態が形成されたときに、はじめて代替執行が問題になると思って下さい。 |
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・・・ちょっとよくワカラナイです。 | ||
えーっとですね。 不作為債務の代替執行は、不作為そのものの履行を強制するものではないわけです。 代替執行について定めた民法414条3項を見てもらうとワカルと思いますので、ここでもう一度読んで頂いて、よろしいでしょうか。 |
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民法第414条 (履行の強制) 『3項 不作為を目的とする債務については、債務者の費用で、債務者がした行為の結果を除去し、又は将来のため適当な処分をすることを裁判所に請求することができる。』 |
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414条3項前段には 『債務者がした行為の結果を除去し』 と、ありますよね。 作為の結果として生じた有形的状態(違反状態)を除去する作為債務の代替執行という手続として現れる、ということになるわけです。 少しワカリにくいところだと思いますので、ナニか例を挙げて説明した方がいいんでしょうけど・・・ |
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どうしたの? | ||
あ・・・あの、私、適当な例がパッと浮かばなくって・・・。 | ||
ソレじゃ、適当な事例は私に任せてくれるかしら。 民法総則の代理の勉強会の際の事案が、今、私の脳裏を過ったからね。 |
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どんな事案だったでしょうか? | ||
聞けば、きっと、つかさちゃんも思い出すわよ。 じゃあ、イメージしやすいように事案を伝えるわね。 ナカちゃんは、4階建ての賃貸マンションを経営していたのね。 マンションの部屋を賃貸するにあたり、マンションの所有者のナカちゃんは、入居者の人と、都度、賃貸借契約を交わし、その契約書において 『賃借人はマンションを暴力団事務所として使用しないこと』 という特約についての合意を得ていたわ。 |
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あうあうあうあう・・・。 お、お、思い出してきたです・・・ ・・・この事案は・・・ |
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そうね、例の暴力団サル山組の組員のサルが登場する事案ね。 | ||
ひぃぃぃぃぃ、やっぱり来たですぅっ!! | ||
暴力団組員のサルは、素性を隠して、ナカちゃんからマンションの一室を賃貸したのね。 ところが、相手はあのサルだから。 契約の特約を無視して、入居から暫く経ったら、玄関に「サル山組」の看板やら提灯を下げ始めるわ、暴力団組員と思しき人達を、その部屋に集めるようになってしまった・・・ というヒドい話がきちゃう・・・っていう事案ね。 さて、マンションの所有者のナカちゃんは、この事態に際して、どのような履行強制が取り得るでしょうか? |
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懐かしのサル山組リターンか。 ってか、何回聞いても、めっさ頭悪そうな名前だよね、サル山組って。 |
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考えるです! 考えるです! えーっと、えーっと、契約内容は 『賃借人はマンションを暴力団事務所として使用しないこと』 というものだったです。 ということは、藤先輩は、私との間で、マンションを暴力団事務所として使用しない、という不作為債務を負っているです! にもかかわらず、この不作為債務の不履行によって、暴力団の名前を付した看板や提灯を、マンションの部屋の玄関に下げているです! これは、明らかな有形的違反状態といえるです! だから、私は代替執行によって、藤先輩を私のマンションから撤去するです!! |
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い、行き過ぎです、竹中さん! いえ、途中までは、いい検討をされていました。 ですが、不作為債務の代替執行は、作為の結果として生じた有形的な違反状態の除去に留まります。 ですから、今の光ちゃんの事例ですと、有形的違反状態として明らかな暴力団の標識たる看板・提灯のマンションの部屋の玄関からの撤去が、代替執行の内容となりますね。 |
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サルも一緒に除去したいっていうナカちゃんの気持ちはワカルけどね。 | ||
あ・・・そうですよね・・・。 つい・・・。 |
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「つい」・・・で、看板と一緒に、あたしを放り出そうとは。 とんでもねぇチビッ子だお。 |
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惜しかったですね、竹中さん。 でも、よく理解されてみえたと思いますよ。 そうですね、有形的な違反状態が形成された例としては ・『建物を建てない』との不作為義務に違反して、建物を建てた場合 や、今、光ちゃんが事例にされたような ・『マンションを暴力団事務所として使用しないこと』との不作為義務に違反して、実際には暴力団事務所として使用した場合 等が挙げられますからね。 事案を聞いて、あぁ、そうだ、って私も思いましたもの。 ただ、配役には少し無理がありましたけどね。 |
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だおだお。 こんなキュートな暴力団員なんて、いるわけないやないの。 |
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ですよね。 光ちゃんは、いい事案や事例を挙げてくれるんですけれど、配役はいつも微妙ですものね。 行政法の判例検討でも、私はいつだって行政側ですし。 |
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・・・。 (何気に、黒田先輩の普段からの不満を感じるコメントです。) |
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そうかしら。 配役は、適材適所を意識しているつもりなんだけど。 |
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そうでしょうか? あ、そうそう。 不作為義務に違反しているからと言って、必ずしも代替執行が出来るとは限りません。 例えば、不作為義務に違反していても、有形的な結果を残さない場合や、継続している不作為違反の行為をやめさせるといった場合は、「不作為」自体が「不代替的」なものである為に、「代替執行」によることは出来ず「間接強制」によるしかない、ということになるからですね。 |
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メモメモです! | ||
次に、債権者は、外形的に作出された違反状態を除去する作為債務の代替執行だけでなく『将来のための適当な処分』を、裁判所に請求することもできますね(民法414条3項後段)。 ここにいう『将来のための適当な処分』の例としては ・将来の損害に対して担保を提供させること ・違反行為を防止する物理的設備を設置すること ・違反行為ごとに一定の賠償金を支払う旨を命じること 等が挙げられますね。 |
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将来の損害に対しての担保提供が、最も一般的な例として挙げられるわよね? | ||
そうですね。 えー、他の強制方法の選択可能性についてですが、作為債務・不作為債務について、給付の実現を「直接強制」によることは、債務者の人格・身体を拘束する結果となるため、憲法上の自由価値との衡量から認められません(直接強制の不許)。 |
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ふむふむ。 サル山組のあたしが、借りてるナカたんのマンションの部屋の玄関に看板出したり、提灯下げているからっていって、その行為をできないように、ふん縛ったりしてはダメってことね。 まぁ、そりゃそうだよね。 |
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ですね。 ただ、直接強制は許されませんが、代替執行が許される債務については「間接強制」の方法を選択することはできます(民事執行法173条1項)(間接強制の選択可能性)。 |
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民事執行法の条文を沢山勉強できたよぉ。 エへへへへ、嬉しいよぉ。 |
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流石です、チイちゃん! ただ、まだ終わりじゃないんですよね。 もう少し続きがあるんです。 |
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ホゲッ!! マ、マ、マヂっすか!? い、いや、クロちゃん。 今日はここまでにしておこう。 |
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え? そ、そうですか? ま、まぁ、藤さんがそう言われるのでしたら、そう致しますね。 |
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ちょっ!! オネーちゃん、なんで余計なこと言うのぉ!! チイは、まだ勉強したいのにぃ! |
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やかましいお!! おまっ! ナニ、妹の分際で姉のあたしに文句言ってんだお! そんな態度だと、またチイがお風呂に入ってる間に電気消して、怖い映画の音楽を流しちゃうお!? |
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コワイよぉぉぉ! やめてよぉぉぉ! |
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・・・。 (サル山組の組員がいるです・・・。) |