大審院昭和15年9月18日 | ||
あ、チイちゃんは判例検討を一緒にやるの初めてになるから、今回は見ていてくれるかな? 次回からは、ちゃんと参加してもらうから。 事案が少し複雑だから、簡略化してワカリやすくするわね。 それじゃ、物権法一発目の判例検討の配役を発表するわよ? 温泉の出る甲土地の元所有者を、サル。 甲土地を譲渡された人を、ナカちゃん。 サルがお金を借りた相手を、つかさちゃん。 私は、ナレーターってことで、はじめましょうか。 |
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甲土地元所有者 |
うーん、どうにも生活が苦しいなぁ。 仕方ない、ここは、わしの持っている温泉の出る土地(甲土地)を担保にお金を借りることにするか。 |
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土地を担保にしてくれるというのなら、融資には応じますけどね。 但し、執行証書を交わして頂きますよ? |
債権者 |
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ナレーター |
サルは、つかさちゃんからの借入れにあたり執行証書を作成しました。 執行証書とは、民事執行法25条5号に定められるもので、要は、借金の返済が出来なくなった場合には、いきなり強制執行をすることができることを約すものでした。 民事執行法25条5号 『(債務名義) 第22条 1項 強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。 5号 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)』 |
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甲土地元所有者 |
うーーん・・・困った・・・。 お金を借りたのに、ちっとも生活苦が改善されないじゃないか。 こりゃ、なんともならん。 わしの持っている温泉の出る土地(甲土地)は、惜しいけれど、売り払うしかなさそうだ。 もしもし、ちょっといいかな? |
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なんですか? です! | 甲土地新所有者 |
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甲土地元所有者 |
わしの持っている、この温泉の出る土地(甲土地)を買ってくれないかのぉ? | |
わかりましたです! 土地を買うのですから、ちゃんと土地の移転登記もしてもらうです! |
甲土地新所有者 |
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甲土地元所有者 |
そりゃ、もちろんだよ。 ほら、ちゃんと移転登記もしたよ。 これでいいんだよね。 |
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ええ、確かにです! それでは、コレが代金です! コレで、甲土地の所有者は、私です! |
甲土地新所有者 |
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甲土地元所有者 |
あぁ・・・債権者さん。 大変申し訳ないんだけれど、あんたから借りた借金だけどね。 ちょっと返済できないことになってしまったよ。 |
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そうですか。 ソレは、私としましても大変に残念なお話です。 それでは執行証書に基づき、甲土地の温泉を汲み上げる権利(湯口権)を差押えさせてもらいますね。 |
債権者 |
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甲土地新所有者 |
ま、ま、待つです! 一体全体、どうして湯口権を差押えるですか! この湯口権は、私が甲土地を買い上げた際に、一緒に買い取ったものです! ですから、この湯口権は、もう私のものです! 強制執行するなんて認められないです! |
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いえいえ、あなたも御存知のように、湯口権は、土地とは別個に独立して取引の対象になるものですからね。 あなたが、甲土地の移転登記をされたからと言って、そのことは湯口権の権利までもを認めるものではないはずです。 湯口権については、なんらの公示もされていない以上、そのような主張は受け容れ難いです。 |
債権者 |
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甲土地新所有者 |
そんなことはないです! 私は、ちゃんと長野県温泉取締規則に則って届出もしているです! この湯口権については、公示をしたといえるです! |
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事案が少し複雑だから簡略化して事案を再現したんだけれど、概ね、こんな流れになるわね。 みんな、お疲れ様っ! |
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面白かったよ!! え? え? いつも、みんなこんなことしているの? チイも一緒にやりたい、やりたいっ!! |
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イヤだよ・・・。 だって、判例検討すると、時としてグリーンマイルが押し寄せてくるんだよ? ぶっちゃけ冗談じゃないよってなくらい長い判決文とかもあるし、ホント、勘弁してよって思ってるもん、あたし。 |
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グリーンマイルってナニ? | ||
チイちゃん? ソレは聞かなくっていいことだから大丈夫よ? あなたのオネーちゃんは、他人の嫌がることばかり言うとこあるから、絶対に真似しちゃダメよ? |
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なんて顔してんの! その顔、チイが真似するから、やめてよね! まぁ、ソレはソレとして。 湯口権なんて変わった権利があるんだね、知らなかったよ。 |
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湯口権とは、温泉を汲み上げる権利のことを言いますね。 温泉専用権とも言われます。 |
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成程、成程。 まぁ、その湯口権とやらも、物権法定主義があるわけだから、民法上定められた物権ってことだよね。 |
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あれ? ちょっと藤さんの言われていることが、よく分からないのですけれど、湯口権は、民法上の物権ではありませんよ? |
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え? え? ちょ、ちょ、ソレはおかしくない? さっき、物権法定主義ってことで、物権は、勝手につくっちゃダメって話があって、民法(その他の法律含む)上定められた物権以外は認められないんでしょ? |
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あら。 珍しくサルが意欲的な態度じゃない! 嬉しいわ。 本件の争点は、まさに、ソコなのね。 争点自体は、次の2つになるわ。 1つは、今、サルが指摘してくれた点。 つまり、湯口権は、土地所有権とは別個の物権として認められるか? 認められないとした場合には、独立の権利としては認められないことから、その土地の所有権に吸収されるのか? って問題も生じることになるわね。 2つ目は、 独立の権利・・・つまり、物権として認められるとした場合、その権利を対外的に主張するには、どのような要件(=対抗要件)を備える必要があるか? という2点ね。 |
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なんかアレだね! 改めて、判例を、こうやってしっかり見るのっていいねっ! 1人で判決文読んでても、あんまり楽しくなかったけど、今、チイ、すっごい楽しいよ! |
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・・・。 (うーーん、なんでだろ・・・。 実は、あたしも今回は判決が、ちょっと気になっている・・・。 別に、あたし湯口権なんて持ってないから、ソレが民法上の物権かどうかなんて、どうでもいいはずなのになぁ。 ) |
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大審院の判断は、次の内容ね。 『凡(オヨ)そ地中より湧出する温泉自体は之(コレ)を該湧出地所有権の一内容を構成するものと解すべきや若(モシ)くは右土地所有権に対し独立せる一種の用益的支配権なりと解すべきものなりや否やは此(コ)の種地下水に関し特別の立法の缺如(ケツジョ)せる我法制の下に在っては解釈上疑義なき能(アタ)わざるも本件係争の温泉専用権即(スナワチ)所謂(イワユル)湯口権に付(ツイ)ては該温泉所在の長野県松本地方に於(オイ)ては右権利が温泉湧出地(原泉地)より引湯使用する一種の物権的権利に属し通常原泉地の所有権と独立して処分せらるる地方慣習法存する。』 として、 『既に地方慣習法に依(ヨ)り如上の排他的支配権を肯認する以上此の種権利の性質上民法第177条の規定を類推し第三者をして其の権利の変動を明認せしむるに足るべき特殊の公示方法を講ずるに非ざれば之を以(モ)って第三者に対抗し得ざるものと解すべきことは敢て多言を俟(マ)たない。』 と述べて、被告が、明認方法を具備していたと言えるか否かについて、もう一度審理すべきであるとしたのよね。 |
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光おねーちゃん、大審院の判決文もスラスラだっ! スゴい、スゴいっ! |
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えーっとねぇ・・・。 読み仮名まで振ってくれたことは、ありがたいんだけどさぁ。 ぶっちゃけ、大審院の判決文は、言い回しが難解で、正直ナニ言ってんのか、今一よくワカラナイんだよね。 簡単に、まとめると、どういうこと? |
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もう、仕方ないわねぇ。 湯口権をどう見るか。 という問題に対しては、大審院は 『一種の物権的権利に属し通常原泉地の所有権と独立して処分せらるる地方慣習法存する』 としているわよね。 つまり、民法175条にいう物権法定主義により定められた物権ではなく、慣習法上形成された物権ではあるものの、『物権的権利』を持つものとして、実質的に物権と同様の保護を与えることを認めているわけ。 じゃあ、何故、このような保護が認められるのか? ってことが問題になるわよね。 この点については、物権法定主義を定めた民法175条の趣旨から考えるべきと言えるわ。 物権法定主義の趣旨は、封建的な物権を認めないこと、そして、取引安全の保護にあるとされるわ。 この趣旨から、逆に、この趣旨に反しない物権であるならば、例外的に慣習法上の物権として、独立した権利を認めてもよいといえるって考えるわけ。 『(土地所有権の範囲)第207条 土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。』 とあることから、一般に地下水の利用は、土地所有権の行使の一部とされているわけなんだけど、温泉を汲み上げる権利は、湯口権として、慣習法上、土地の所有権とは独立した権利として認められてきたわけよね。 そして、この湯口権という権利は、封建的な物権とは言えないわ。 そうであるならば、 この『権利の性質上民法第177条の規定を類推し第三者をして其の権利の変動を明認せしむるに足るべき特殊の公示方法を講ずる』 ものであるならば、取引の安全を害することもないため、 『第三者に対抗し得』る、としているわけ。 |
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成程ねぇ~。 なかなか大審院もいいこと言うじゃないの。 ただ、どうせ言うなら、もう少しワカリやすく言って欲しいよねぇ。 |
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あんた、ナニ目線よ、ソレ。 | ||
湯口権(温泉専用権)については、判例は、慣習法上の物権として認めていますが、逆に、慣習法上の物権としては認められなかったというものもありますよね。 例えば、上土権(※ 大阪地方の慣習として一般に認められていた権利。地盤を地主の所有、土壌は小作人の所有とすることを定めた権利)については、175条の物権法定主義から物権性が否定されるとしていますよね。 (大判大正6年2月10日) |
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渋い判例を紹介してくれたわね。 確かに、その判決では、上土権の物権性は否定されているわよね。 ただ、この否定については、175条の趣旨である封建的な物権を認めないことが理由になると思うわ。 175条は、このような封建的な物権を認めないことを求める趣旨から定められらたものなのだから、上土権が、慣習によって認められているか否かという点ではなく、封建的性格の強い権利であることから、175条によって、その物権性を否定された、と捉えるべきよね。 |
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成程、そう考えるべきなんですね。 | ||
アレ? ちょっと待ってよ、光おねーちゃん! 今の説明だと、争点の2つ目の、湯口権が物権として認められるとした場合、その権利を対外的に主張するには、どのような要件(=対抗要件)を備える必要があるか? って問題についての答えは言ってないよね? |
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あ、そうね。 でも、この事件の差戻し審は和解で終わってしまったのよね。 だから、ちょっと具体的な公示方法については、明らかにはされていないことになってしまうわけなんだけど・・・。 まぁ、その湯口権のある地方に古くから残る慣習に沿った方法を採るべき、とされているわね。 物権法定主義の趣旨は、取引安全の保護に求められるわけなんだから、第三者が権利の変動(湯口権の権利移転)を知ることが出来る方法が求められるってことになるわけだものね。 具体的には、 ①明認方法(※ 民法総則23回 物②参照) ②温泉組合等の自治的公示組織への登録 ③温泉利用施設の継続的な管理支配の客観的事実 などが例示されるわね。 これらの対抗要件が具備されていれば、湯口権も慣習法上の物権として保護され得ると考えていいってことになると思うわ。 |
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納得! 納得だよ! |
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成程ねぇ~。 いやぁ、よくワカッタ。 民法の判例見るのが久し振りだったからかなぁ? なんか、今日の判例は、よくワカッタ気がするよ。 |
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私も、この判例は知っていたのですけれど、改めてよくワカッタです! あと、上土権の判例は、知らなかったので、勉強になったです! 黒田先輩、ありがとーです! |
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チイちゃんと、ナカちゃんにとっては温故知新ってところなんじゃないかしら。 知っている判例も、再検討してみると、以前よりも自分の中の理解が定着していたりすることで、よりワカルようになることがあるからね。 サルは・・・あんたが、珍しく真面目に聞いていただけよ、ソレは。 |
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チイ、春から、光おねーちゃんと同じ回生で勉強するんだよね? 大丈夫かなぁ・・・なんだか不安になってきちゃったよ・・・。 お、お、オネーちゃん、家に帰ったら、チイに勉強を教えて欲しいよ。 |
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そ、そ、そうやって、すぐに何でも他人に頼ろうとする、甘えた精神から、まず直すべきだお!! | ||
そ、そ、そうだよね! チイが間違っていたよ! 先ずは、自分でガンバルことが大事なんだよね! |
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一緒に勉強しているんだし、ワカラナイことがあったら聞いてくれていいわよ? | ||
じゃあ、今、出ている課題の起案がワカラナイから、あたしの代わりに起案しといてくれお。 | ||
あんたは、そうやって、すぐに何でも他人に頼ろうとする、甘えた精神から、まず直すんでしょ? | ||
嘘つきめ・・・。 閻魔様に舌抜かれてまえば、ええんだお。 |
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困ったオネーさんです・・・。 |