前回、民法の基本原理の所有権絶対の原則を勉強した際に、サルが、自分の財産なんだから好きに使っていいってことでしょ? って言ったの覚えてる? でも、そうじゃないのよ、って話をするわね。 それが今回勉強する 公共の福祉による制約 権利濫用の禁止 って考え方なの。 まずは、六法で民法1条1項をひいてみて。 |
||
民法第1条第1項。 『(基本原則)第1条第1項 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。』 |
||
この民法第1条は、一般条項と呼ばれる条文なの。 一般条項であるため、安易な適用は好ましくないんだけど、原則修正の場面においては、とても用いられることの多い条文なのよね。 他に、2項の信義則、3項の権利濫用禁止と3つあるんだけど、特に2項の信義則は、本当に様々な場面で適用されるわ。 論文を書く際に、使えるようにするためにも、しっかり理解することにしましょ。 因みに、今、ナカちゃんが読んでくれたのは、1条1項の公共の福祉による制約よね。 この条文が、直接適用される場面は、ほとんどないと言っていいわ。 それは、この条文が、私権が公共の福祉による制約を受けるものではあるけれど、その制約が内在的制約であることを明らかにしたものだからなのよ(内在的制約説)。 だから、公益を優先して、本条を直接適用することは、その制約が内在的制約であることを述べている本条文の趣旨からすれば、避けるべきであると言えるわ。 本条文は、権利の濫用の禁止(民法1条3項)を背後から支える機能を果たすためにあるものと理解しておくといいわ。 |
||
こくこく(相槌) |
||
今の説明を、理解するためのリーディングケース(LC)となる判例があるから、ここで紹介しちゃうね。 板付基地事件(最判昭和40年3月9日)っていうんだけど知ってるかな? アメリカ占領軍の空軍基地の一部として使用させる目的で、国が私人の所有者から賃借している土地があったのよ。 空軍基地っていうぐらいだから、基地設備にはすっごい費用が投下されていたわけね。 ところが、この土地の賃借の契約期間が、アメリカ軍の占領終結と共に満了しちゃったの。当然、契約期間が満了したわけなんで、賃借権はもうないわよね。でも、国は、その後も引き続きアメリカ軍に、その土地を提供し使用させ続けていたの。 そこで、土地の所有者の私人が、土地を明け渡せって国に対して請求してきたっていう事案なの。 |
||
土地の所有権がある以上、物権的請求権として、所有権に基づく妨害排除請求なり、返還請求権は認められそうにも思えます。 (※ ナカちゃんの言っている内容については、民法・物権編で勉強します) |
||
それじゃ、最高裁の判断を確認してみましょ。 『右土地においては、既に400億円以上の費用が投ぜられた板付空軍基地の諸施設の一部として、ガソリンの貯蔵庫が設備されており、これを明け渡すとすれば、更に多額の費用を要し、かつ基地の使用に甚大な不便と困難を来すことは必定であり、被上告人が明渡義務を履行することによって蒙る損害と、上告人らが明渡によって得る利益とを比較検討するときは、右土地の明渡を求める上告人らの本訴請求は、権利の濫用として、到底認容し得ない。〜中略〜原状回復を求める本訴のような請求は、私権の本質である社会性、公共性を無視し、過当な請求をなすものとして認容しがたい。』 どう? 私権の本質は、公共の福祉の制約を受けるものであるとしながらも、民法1条1項(公共の福祉による制約)を前面に出さずに、私人所有者の請求は、権利の濫用(民法1条3項)であるとしているわよね。 |
||
こくこく(相槌) | ||
ね。 1条1項の公共の福祉による制約は直接適用するのではなく、本条文は、権利の濫用の禁止(民法1条3項)を背後から支える機能を果たすためにあるという理解をする上で、板付基地事件を見ると分かりやすいでしょ? |
||
こくこく(相槌) | ||
ちょっと、ちょっとぉ。 | ||
ん? ナニ? |
||
あたし無視して、どんどん進めないでよぉ。 | ||
なんだ・・・ 今日はやたらスムーズに話が進むなぁ、って思ったら、サルが静かだったからかぁ。 |
||
・・・藤先輩 ゴメンナサイ・・・ |
||
ちょっとっ! ナニ、ナカちゃん泣かせてるのよ! |
||
えぇぇーーっ!? あたし無視された上に怒られちゃうわけぇ? |
||
別に無視していたわけじゃないわよ。じゃあ、ここからは、ガンガン質問なり、発言なりして積極的に参加すればいいじゃない。 | ||
・・・・。 (それはそれでイヤだなぁ) |
||
言っとくけど、あんた、ナカちゃん泣かせるようなこと言った以上、いつもみたいな態度は許さないからね! それじゃ、次は権利の濫用の禁止について、まとめるわよ。 サル、六法の民法1条3項をひきなさい。 |
||
怖いよぉ〜。 民法第1条第3項。 『(基本原則)第1条第3項 権利の濫用は、これを許さない。』 短かっ!! ナニ、これ短すぎて、全然ワカラナイよ! |
||
そうね。 権利の濫用は、定義することは出来るんだけど、具体的な場面で、権利の行使が濫用といえるかどうかという要件については、条文上からは明文規定がないからワカラナイのよね。 権利の濫用の定義は、それほど難しいものではないと思うわ。 例えば、サルが自分の家の庭で、いっつもゴミを燃やしていたら・・・って考えてみて。 サルの家なんだから、サルの家の庭で、サルがナニしようが自由じゃない。でも、サルの家の庭のゴミを焼く臭いが、すっごい悪臭を漂わせて近隣住民が甚だしい迷惑を被っていたとしたらどう? つまり、権利の濫用とは、外形的には権利の行使であっても、実質的には権利の社会性・公共性に反するため、正当な権利行使として認められない行為をいうのよ。 |
||
相変わらずイヤな例えするんだからぁ。 | ||
権利の濫用の例えなんだから、いい例えにする方が難しいわよ! それよりも、権利の濫用において重要なのは、その要件よね。 さっき、条文上明文規定がないからワカラナイって言ったわよね。 つまり、どういう場面で適用されるかについては、判例ないし学説によって理解することが求められることになるのよ。 じゃあ、どのように判断すればいいのか? ってことよね。 それは、主観的要素(権利行使者の動機・目的等)および権利者の権利行使によって受ける利益と、相手方や社会に及ぼす損害との比較衡量という客観的要素の総合的判断によって、濫用といえるかどうかを判断することになるのよ。 また、濫用といえるかどうかの判断にあたっては、公共の利益も考慮しなければならないわ。このことは、さっき説明した板付基地事件の判旨で『私権の本質である社会性、公共性を無視し、過当な請求』としていることからも分かるわよね。 |
||
ムズカシイ。 ムズカシイよぉ。 日本語でOK・・・ |
||
それじゃ、ここで実際の判例読んで、どうやって判断したかを学ぶことにしましょ。 さあ、民法の判例百選をつかうチャンス到来よ! 判例百選Tの1事件、宇奈月温泉事件を見てみましょ。 (大判昭10.10.5 百選T 1事件 宇奈月温泉事件) |
||
ヒックヒック・・・ | ||
権利の濫用にあたるかどうかの判断をどうやってやるかは、よくワカッタお。 ・・・あと、ナカたんがすっごいビビりってことも。 |
||
みんながみんな、あんたみたいに心臓に毛を生やしているわけじゃないからね。 私だって、結構泣き虫なんだから、ナカちゃんにそういう言い方するのは、やめなさいよ。 権利の濫用の効果について、最後にまとめて終わりにするわね。 権利の濫用と判断されると、正当な権利行使とは認められないって説明したわよね。 そうなると、まず、その権利本来の効果が認められないことになるわ。 宇奈月温泉事件を例にとると、土地の妨害排除請求権が認められないことになるから、土地から引湯管をどかせろ、という請求は認められないこととなるわけ。 あと、正当な権利行使とは認められないっていうことは、裏返せば、その権利行使は、正当なものではない、即ち不当な権利行使ってことになるわよね。 したがって、濫用の範囲で違法性を帯びることになるから、当該権利行使によって他人に損害を与えたときは、不法行為として損害賠償義務を負うこととなるわけ。 |
||
成程ぉ。 本来の効果が認められないばかりじゃなく、場合によっては損害賠償義務かぁ。 あ、それって、光ちゃんが最初にあたしを例にしてた庭でゴミ焼きの場合も同じこと言えるよね。 近所の人が、精神的苦痛の慰謝料を求めてきたら、あたし、それ払わないとダメっぽくない? |
||
サル、正解っ! そういうことよ。 まだ不法行為については勉強してないのに、よくワカッタわね。 |
||
いや、別に法律とか、条文とかは知らなくっても、これぐらいはフツ―言えるもんだよ? あたしのこと何だと思ってるの? |
||
褒めたのに、そんな顔しないでよぉ。 まぁ、権利濫用とされたからといって、否定されるのは、今言ったように、権利行使による権利本来の効果であって、権利そのものの帰属ではないわ。 宇奈月温泉事件を例にとると、土地の妨害排除請求権は認められないけれど、依然として、その土地の所有権は、所有者の元に帰属しているわけだからね。 だから、たしかに引湯管自体は、どかせられないけど、@改めて利用権の設定契約を締結する、A侵害に対して不当な使用による不当利得(賃料相当額)を請求、B不法行為に基づく損害賠償請求、等の手段はとることができるわけよ。 このあたりは、まだ難しくってワカラナイかもだけど、後々復習する際にはワカルようになっているはずよ。 |
||
うーーん。 なんとなくはワカルよ。 うんうん。 |
||
ただ稀に、権利の帰属自体が権利の濫用と判断されることによって剥奪される場合もあるわよ。 濫用の程度が甚だしいと判断された場合なんだけど。 六法で、民法834条をひいてみて。 |
||
うえぇ。まだやるの? 民法第834条? また、すっごい後ろのほーだね。 『(親権の喪失の宣告)第834条 父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。ただし、二年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りでない。』 |
||
あんた、最初は無視するなって騒いでいたじゃないの! もっと、やる気見せたらどうなの? その条文にあるでしょ? 親権喪失って。 まぁ、剥奪の前段階として、親権停止があるんだけど、まぁ、それはちょっと横に置いておいて、権利の剥奪ってことも、権利の濫用と判断された場合にはあるってことを抑えておいてね。 |
||
総論の勉強で、そこまで言われても、まだピンとこないんだけどなぁ。 | ||
ロー生なら、これぐらい『フツ―』なんじゃない? | ||
そだね、そだね。 (光ちゃん、すぐ言葉尻とらえてムキになるんだよなぁ。 逆らうと、また面倒だから黙ってよっと。) |
||
・・・・・・・・。 | ||
っ!!! 光ちゃん、光ちゃん! ナカたんが、静かだと思ったら、泣き疲れて体力低下したせいか気絶しとるお! |
||
ちょ、ちょっ! 緊急事態じゃないの! 待ってて! すぐにウチのヘリを寄越して、ナカちゃんを病院に搬送させるから! |