大審院昭和10年10月5日第三民事部判決 〜宇奈月温泉事件〜 |
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先に、配役を言うわね。 今回は、私はナレーションに徹するわね。 宇奈月温泉の経営者を、ナカちゃん。 土地を買い取るように請求してきた人を、サルね。 |
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宇奈月温泉は、湯元である黒薙温泉から、7.5qになる引湯管によって温泉を引いていたの。 | ||
ところが、この7.5qに及ぶ引湯管は、その途中に、管敷設のために必要な土地利用権を受けていない土地部分(約2坪)が存在したわけ。 そこに目をつけたサルは、この土地約2坪を含む112坪の土地を地主から買い受け、ナカちゃんに対して、不法占拠を理由に、引湯管の撤去を迫り、さらに撤去ができないというなら、周辺の土地と合わせた合計約3000坪の土地を法外な値段で買い取るよう要求してきたのよ。 |
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おい! お前の、引湯管が、わしの土地にあるから邪魔なんじゃ。 どかせろや! |
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(ガクガク ブルブル) |
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なんや? 引湯管どかすと、どえらい金かかる? 知るか、そんなこと! それやったら、わしの土地を買えば済む話やないか。 |
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(ガクガク ブルブル) | ||
温泉経営はしたいわ、引湯管はどかせられへんわ、なんて強情が通るとでも思っとんか! わしの土地勝手に使って商売して、ええと思っとるんか? 言っとくけど、わしはお前んとこに相談に来たわけやないぞ! |
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(ガクガク ブルブル) | ||
坪単価7円で、3000坪でしめて2万円で買ってくれぇや。 それやったら、なんの文句もないわ! |
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っと。判例再現はそこまで・・・って、あんた、ナニ、ナカちゃんを泣かせてるのよ! | ||
いや、光ちゃんの配役が悪いんだよ・・・ これ、判例再現もナニも、ナカたんずっと震えてただけじゃないの・・・ |
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藤先輩、ゴメンナサイ・・・ | ||
ううん、ナカちゃんはなんにも悪くないのよ。 サルは柄悪いから怖かったよねぇ? |
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出来レースだお・・・ 柄悪い役与えておいて、一番悪いのは誰だって話じゃないの。 |
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はいはい、それじゃせっかく判例再現したんだから、判例検討すぐやるわよ。 事案のポイントは、次の通りじゃない? サルの請求は、土地の所有権に基づく妨害排除請求権の行使になるわよね。 つまり、外形的には、正当な権利行使にも見える行為だわ。 但し、権利の行使が、権利の濫用と判断される場合には、正当な権利行使としては認められないわよね。 本件事案において、サルの権利行使は、権利の濫用かどうか、そして、その判断はどのようになされたのかを、判例の判断を見てみましょ。 |
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いや、コレ大審院の判断見るまでもなく、権利の濫用じゃないの? | ||
大審院の判断は、次のとおりよ。 『所有権ニ対スル侵害又ハ其ノ危険ノ存スル以上、所有者ハ斯ル状態ヲ除去又ハ禁止セシムル為メ裁判上ノ保護ヲ請求シ得ヘキヤ勿論ナレトモ、該侵害ニ因ル損失云フニ足ラス、而モ侵害ノ除去著シク困難ニシテ縦令之ヲ為シ得トスルモ莫大ナル費用ヲ要スヘキ場合ニ於テ、第三者ニシテ斯ル事実アルヲ奇貨トシ、不当ナル利益ヲ図リ殊更侵害ニ関係アル物件ヲ買収セル、上一面ニ於テ侵害者ニ対シ侵害状態ノ除去ヲ迫リ、他面ニ於テハ該物件其ノ他ノ自己所有物件ヲ不相当ニ巨額ナル代金ヲ以テ買取ラレタキ旨ノ要求ヲ提示シ、他ノ一切ノ協調ニ応セスト主張スルカ如キニ於テハ、該除去ノ請求ハ単ニ所有権ノ行使タル外形ヲ構フルニ止マリ、真ニ権利ヲ救済セムトスルニアラス。 即チ、如上ノ行為ハ全体ニ於テ専ラ不当ナル利益ノ掴得ヲ目的トシ、所有権ヲ以テ其ノ具ニ供スルニ帰スルモノナレハ、社会観念上所有権ノ目的ニ違背シ其ノ機能トシテ許サルヘキ範囲ヲ超脱スルモノニシテ権利ノ濫用ニ外ナラス。従テ、斯ル不当ナル目的ヲ追行スルノ手段トシテ、裁判上侵害者ニ対シ当該侵害状態ノ除去並将来ニ於ケル侵害ノ禁止ヲ訴求スルニ於テハ、該訴訟上ノ請求ハ外観ノ如何ニ拘ラス其ノ実体ニ於テハ保護ヲ与フヘキ正当ナル利益ヲ欠如スルヲ以テ、此ノ理由ニ依リ直ニ之ヲ棄却スヘキモノト解スルヲ至当トス』 |
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ちょ、おまっ! | ||
ナニよ! 判例百選だって、原文まんまにしてるんだから読めるようにすればいいだけでしょ? ・・・と言いたいところだけど、まぁ、サルの言わんとすることはワカルわ。 現代仮名遣いに改めると、こうなるわね。 所有権に対する侵害又はその危険の存する以上、所有者は、この状態を除去又は禁止せしむるために裁判上の保護を請求し得べきや勿論なれども、該侵害に因る損失言うに足らず、しかも、侵害の除去著しく困難にして、たとえこれを為し得とするも、莫大なる費用を要すべき場合において、第三者にしてかかる事実あるを奇貨とし不当なる利得を図り、殊更侵害に関係ある物件を買収せる上、一面において侵害者に対し侵害状態の除去を迫り、他面においては該物件その他の自己所有物件を不相当に巨額なる代金をもって買取られたき旨の要求を提示し、他の一切の協調に応ぜずと主張するが如きにおいては、該除去請求は、単に所有権の行使たる外形を構えるにとどまり、真に権利を救済せむとするにあらず。 すなわち、そのような行為は、全体において専ら不当なる利益の獲得を目的とし、所有権をもって、その具に供するに帰するものなれば、社会観念上、所有権の目的に違背し、その機能として許さるべき範囲を逸脱するものにして、権利の濫用に他ならず。したがって、かかる不当なる目的を追行するの手段として、裁判上、侵害者に対し、当該侵害状態の除去、ならびに将来における侵害の禁止を訴求するにおいては、該訴訟上の請求は、外観の如何に拘らず、その実体においては保護を与うべき正当なる利益を欠如するをもって、この理由により、直ちにこれを棄却すべきものと解するを至当とする。 多少間違えてても文句言わないでよ! 結構面倒だったんだから! |
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なんかやたら小難しい言い回ししとるお・・・日本語でOK・・・ | ||
せっかく打ち直したんだから、ちゃんと読んでよね。 現代仮名遣いなら、そこまで読めなくはないはずよ? 大審院は、主観的要素(権利行使者の目的・動機)と、客観的要素(権利行使者の行使によって受ける利益と、行使を受ける者の受ける不利益との比較衡量)とを考慮して、権利の濫用にあたると判断しているのがわかるわよね。 主観的要素としては、そもそも利用目的もない土地を、買い取らせることを目的に買ったこと、そして本件土地の価格は、わずか30余円にすぎないのに、本件土地と隣接する土地まで合わせて2万余円で買取るよう要求したこと、さらには一切の協調には応じない旨を主張していた等の事情を評価しているわね、 客観的要素としては、 宇奈月温泉の経営者側が、引湯管を、当該土地から迂回するためには、莫大な出費(工事費1万2千円、工事期間270日が必要)がかかること、また、引湯管の工事期間中に温泉経営が衰退してしまうこと等を、そして、その比較衡量すべき相手側の利益としては、引湯管のある場所は他に使い道のない土地であるため、その侵害は軽微なものであること等の事情を評価しているわね。 |
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判例百選は、一発目っから、こんな難しいモノを読めっていうのかお・・・ | ||
まぁ、大審院判例なんて、数えるぐらいしかないから、そんなに気にしなくっていいと思うわよ。 | ||
・・・お、お、終わりました? | ||
え? まさか、今まで震えていたの? |
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これは適材適所ということを考えての配役をせんとダメだね。 | ||
ゴメンナサイ、ゴメンナサイ・・・ |