最判昭和46年7月16日 | ||
それじゃ、判例検討の配役からね。 相続となった建物に関係して・・・ 建物所有者(賃貸人)を、ナカちゃん。 その建物の賃借人を、サル。 そのサルの相続人らを、チイちゃん。 私は、事案についてのナレーターを務めるわね。 |
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ナレーター |
ナカちゃんは、自身が所有する建物をサルに賃貸していました。 | |
建物を貸したのは、いいですが、あの建物を借りている人は、全然賃料を払ってくれないです! | 建物賃貸人 |
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建物賃借人 |
むふふぅーん。 なかなか快適な建物だなぁ。 |
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一体、いつになったら家賃を支払うです! もう6月分と7月分で2ヶ月も滞納してるです! もう言っても埒があかないから、書面で催告をするです! |
建物賃貸人 |
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建物賃借人 |
ん? なんか届いてんお。 まぁ、いいや。知らない、知らない。 |
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催告しても支払いがないです! もう堪忍袋の緒が切れたです! 私は、あんな人との賃貸借契約は解除するです! ちゃんと、この私の意思表示は、書面にて伝えるです! |
建物賃貸人 |
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建物賃借人 |
ん? またなんか届いてんお。 え? 賃貸借契約解除? 気が短い人だなぁ。 そんなことよりも、住み心地のいい建物だなぁ。 でも、少し外装とかが剥げてきてんだよねぇ。 よし、直しておくかな。 |
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ナレーター |
この賃借人のサル。 賃貸借契約が自らの賃料不払いによって解除された後も、そのことを知りながら、建物の外壁塗装工事を行い、さらには無断で増改築等までしたのでした。 |
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建物賃借人 |
いやぁ、快適、快適。 いい家だよねぇ、ホント、ホント。 |
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もういい加減にして欲しいです! 賃料は支払わない、勝手に家を改造する、ソレは私の家です! もう怒ったです! 私は、あなたに対して私の建物から出て行くよう、明渡しを求めるです! もちろん、これまで不払いの賃料も、遅延損害金も全部請求するです! |
建物賃貸人 |
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建物賃借人 |
うわっ! チビッ子めっ! マヂで面倒なことしてくれたお!! |
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ナレーター |
しかし、サルはこの訴訟の間に亡くなります。 サルを相続したのは、チイちゃんらでした。 |
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サルの相続人ら |
えーっと・・・。 建物を明渡せっていうけれど、オネーちゃんが、建物を改造したり、建物の修繕に必要なお金を出してきたのは事実だよね。 ということは、オネーちゃんには、造作買取請求権だけじゃなくって、有益費償還請求権もあるわけだよね。 実際、ナカちゃんの建物だって、そのお陰で価値が下がらずに済んでいるわけでしょ? だったら、この有益費については、ナカちゃんが支払ってくれるまでは、チイ達は、この建物を留置することができるって思うんだよ。 |
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はい、ソコまでねー。 | ||
成程ねぇ。 なかなかチイの言うことも、ごもっともだねぇ。 前回の勉強会の事案でも、有益費については留置権が認められるってことだったし、これ、判決文見なくっても結論出てんじゃね? |
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前回の争点は、物と債権との牽連性が認められるか否かって観点からの検討だったわよね。 この事案で問題となっているのは少し違うのよね。 サルの支払った有益費は、賃借人であるサル自身が、賃料不払いを理由とする賃貸借契約解除後に支出されたものなのよね。 つまり、本来であれば、家を明渡して退去していないとならないはずの人が、不法に建物に占有している間に支出された有益費ということになるわけよね。 この前提から、この事案の争点は次の内容になるわ。 建物を不法に占有している期間に支出された有益費であっても、その有益費の支払を受けるまでは、その建物につき留置権を主張することは認められるのか? ってことね。 |
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うわっ!! なんかもう言い方からして、認められないっぽい臭いがプンプン漂ってきてるんですけどっ!! |
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最高裁は、次のように述べているわ。 『サルが、本件建物の賃貸借契約が解除された後は右建物を占有すべき権原のないことを知りながら不法にこれを占有していた旨の原判決の認定・判断は、挙示の証拠関係に徴し首肯することができる。 そして、サルが右のような状況のもとに本件建物につき支出した有益費の償還請求権については、民法295条2項の類推適用により、チイちゃんらは本件建物につき、右請求権に基づく留置権を主張することができないと解すべきである』 とね。 |
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はいはい、予定調和なオチっすわっ!! あたし、もう聞く前から予想が・・・ん? アレ? ・・・ちょっといい? なんで、これ判決文は、295条2項類推適用って言ってるの? |
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条文を再度確認してみればワカルかもよ? 一度、読んでみたら? |
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よし、ナカたん、読みなさい。 | ||
民法第295条 『留置権の内容) 第295条 1項 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。 2項 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。』 |
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・・・ワカンネ。 | ||
自分で読んでないからじゃないの? 295条2項は『占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない』と規定しているわけよね。 この想定している場面は、いわゆる泥棒とかが典型例になるわ。 ところが、今回の事案のサルの場合はと言うと、そもそもサルはナカちゃんとの間の賃貸借契約に基づいて、建物の占有を始めているわけよね。 この占有は『占有が不法行為によって始まった場合』とは言えないわけよね。 |
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うんうん、確かにそうだね。 | ||
でも、その後、その賃貸借契約の解除によって占有権原を失っているわ。そして、その事実について悪意なわけよね。 このような悪意占有者について、どのように考えるべきか、ということが問題となっているわけ。 学説には、留置権の成立を肯定して、民法196条2項但書きの適用によって解決すべきとする考え方が有力だわ(196条説)。 この学説からは、判例の考え方に対して、民法196条が悪意占有者にも留置権を認めるかのような規定であるのに均衡を失するのではないか、とする指摘がなされているわね。 でも、判例は、このような悪意占有者(善意有過失占有者も含まれる)に対しては、295条2項を類推適用して、留置権の成立を否定するわ(学説でいうところの295条説)。 直接適用ではない理由については、さっき述べたとおりの理由になるわ。 |
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そもそもの占有開始時点では、不法行為による占有ではなかったってことだよね。 | ||
そうね。 まぁ、事案のサルの行為態様を見てもワカルように、自らが占有すべき権原がないことを知りながら、それでもなお、占有し続けるという行為には、その行為を正当化するだけの理由がないと思うわ。 そうであるならば、そのような悪意占有者の行為を、不法行為と同視して、留置権の趣旨である公平の観念から295条2項を類推適用して留置権の成立を否定する、という考え方は個人的には妥当だと思っているわ。 |
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私も、そう思うです! 大体、賃料も払わないで居座り続けるなんて、とんでもないです! |
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払いたくっても払えなかったかも知れないやないの。 | ||
家を改造したり、外壁塗装するお金はあったのに、そんな言い分は通らないです! | ||
払ったら負けかなと思っている。 | ||
・・・。 (・・・ダメだ、こいつ、なんとかしないです・・・。) |