前回は、留置権の成立要件をみたわよね。 でも、その前に・・・っと。 御約束の条文確認からよね。 留置権について規定した民法295条を見てくれる? |
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民法第295条。 『(留置権の内容) 第295条 1項 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。 2項 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。』 |
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そうね。 そして、留置権の成立要件は、次の4つだったわよね。 @留置権者が『他人の物を占有』していること(295条1項本文) A『その物に関して生じた債権を有する』こと(295条1項本文) (=物と債権の牽連性の問題) B『債権が弁済期』にあること(295条1項但書き) C『占有が不法行為によって始まった』ものではないこと(295条2項) の4要件。 前回の勉強会では、この留置権の成立要件のAについて事案を交えて見たわけよね。 ただ、この留置権が実際に問題になることが多い場面というのは、借地・借家関係をめぐる場面なのね。 だから、今回は、事例問題でも狙われやすい、この留置権が問題となることの多い借地・借家の場面について扱った判例を見ることで、留置権の成立要件A「物と債権の牽連性」についての理解を深めたいと思うわ。 |
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チイは、借地借家法は得意じゃないから、今日の勉強会でしっかり理解できるようにしたいよ! | ||
チイちゃん、その意気よっ! それじゃ、最初の事案からね。 サルが所有する家を、ナカちゃんが賃貸していました。 サルとナカちゃんとの間の賃貸借契約は終了したんだけれど、ナカちゃんは、その家屋の賃貸中に、この家に窓ガラスやベニヤの板張り、また、炊事場一式を増築していたのね。 これらの造作部分について、ナカちゃんは、借地借家法33条に基づいて、家の所有者であるサルに対して、買い取るよう要求したわけ。 家の所有者のサルは、賃貸借契約は終了したんだから、家から出て行け、って主張したんだけれど、ナカちゃんは、造作部分についての代金の支払いを受けるまでは、この建物を留置する、って主張したわけ。 果たして、ナカちゃんのこの主張は認められるのか? ってことが問題になるわね。 |
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あ、すみません。 ちょっと借地借家法33条を確認させてもらうです。 借地借家法第33条。 『(造作買取請求権) 第33条 1項 建物の賃貸人の同意を得て建物に付加した畳、建具その他の造作がある場合には、建物の賃借人は、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときに、建物の賃貸人に対し、その造作を時価で買い取るべきことを請求することができる。建物の賃貸人から買い受けた造作についても、同様とする。 2項 前項の規定は、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了する場合における建物の転借人と賃貸人との間について準用する。』 成程です、確かに、私には造作買取請求権が認められるです。 |
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そうね。 ナカちゃんに造作買取請求権があることは問題ないわ。 ここでの争点は、ナカちゃんが、この造作買取請求権を理由に、留置権を主張することが認められるか、ってことなの。 つまり、留置権の成立要件の1つであるA『その物に関して生じた債権を有する』こと(295条1項本文)にあたるかが問題となっているわけね。 |
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チイは、造作買取請求権は、建物に関して生じた債権だと思うから、建物を留置することは認められると思うよ。 | ||
うーん、難しいなぁ。 個人的には、大家のあたしとしては、チビッ子にはとっとと出て行ってもらいたいって思うんだよねぇ。 窓ガラスつけました、とか、台所を一新しましたってことを理由に居座られてもなぁって思うんだけど・・・。 |
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でも、藤先輩のことですから、こうでもしないと後からお金を払ってくれるとは限らないです! 私は、造作代金を支払ってくれるまでは建物を留置すると言っているだけなんですから、藤先輩は、私に出て行って欲しいのなら、造作代金を支払ってくれればいいんです! |
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いやいや、ナニ居直ってんのよ。 そもそも、賃貸借契約終わったのに、いつまであたしん家に居座るのって話だよね。 あたしは個人的には、チビッ子の主張する留置権は成立しないと思うんだけど、これも答えはあるの? |
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家を借りていた借主が、造作買取請求権を行使して、その支払を得るまで建物全体を留置することが認められるのか? という問題については、判例も多く出ているのよね。 下級審裁判例の中には、このような場合に留置権の成立を認めたものもあるわ(岐阜地大垣支判昭和28年3月5日)。 ただ、多くの裁判例、そして、最高裁は、この問題について留置権の成立を認めないとする立場を示しているわね。 |
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あららら・・・チビッ子かわいそす。 | ||
ぬぐぐぐぐぐぐぐぐ。 どうして留置権の成立は認めてもらえないんですか? |
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事案のベースにしたのは、最判昭和29年1月14日なんだけど、この事案において最高裁は、次のような理由を述べているわね。 『造作買取代金債権は造作に関して生じた債権で、建物に関して生じた債権ではないと解するを相当とする』 とね。 つまり、造作代金の支払いを受けるまで、造作を留置することは認められるものの、造作買取請求権は、あくまでも造作から生じた債権であって、建物に関して生じた債権ではないため「物と債権の牽連性」が認めれないため、留置権は成立しないってことになるわ。 |
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ただ、判例は、造作買取請求権については、建物と造作は別個の物としてとらえているため、建物全体の留置権の主張は認めていないのですが、有益費償還請求権については、留置権の成立を認めているんですよね。 (判例:大判昭和10年5月13日) |
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ふえ? 有益費償還請求権って、なんですか? |
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民法608条を見てもらっていいですか? | ||
民法第608条。 『(賃借人による費用の償還請求) 第608条 1項 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。 2項 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第196条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。』 |
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608条1項が、必要費償還請求権。 そして、608条2項が、有益費償還請求権について規定したものですね。 判例は、賃借人が、家を借りている間に、その建物について有益費を支出したものの、賃貸人からその支払いを受けていないという事案において、支払いを受けるまで、借りていた建物について留置権を主張した事案において、その主張を認めています。 判例の立場をまとめますと、造作買取請求権には建物留置が認められないが、有益費償還請求権には建物留置が認められるってことになりますね。 両者を分かつポイントは、その請求権について「物と債権との牽連性」の有無で判断されるということになります。 造作買取請求権は、造作から生じた債権。 有益費償還請求権は、賃借物たる建物について支出されたものですから、建物について生じた債権ということになるからですね。 |
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うーん、チイは、なんだか納得いかないかなぁ。 だって、ナカちゃんが、オネーちゃんの家にお金を使って造作を施したわけでしょ? 窓ガラスだって、台所設備だって、ナカちゃんがお金を出してつけてあげたんだよ? だったら、そのお金と、有益費償還請求権とは、そんなに違わないと、チイは思うけどなぁ。 |
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そうね。そういう考え方もあると思うわ。 ナカちゃんがサルの家にした造作は、窓ガラスや台所という物なんだから、これは建物から取り外してしまえば、それ自体では価値がなくなってしまうものよね。 それに、窓ガラスや、台所設備によって、サルの家の価値は増しているわけよね。 そうであるならば、ナカちゃんは造作買取請求権を理由に建物の留置が認められる、とする学説も多いわ。 その場合には、造作の建物からの取り外しの難易、造作代金と建物全体の価格の均衡などを考慮して、比較衡量(コウリョウ)して決することになるんでしょうね。 ソレともう一点。 有益費償還請求権は、借主の投下資本の回収から認められているわけだけど、この趣旨は、造作買取請求権にも当てはまるわ。 そう考えると、造作買取請求権と、有益費償還請求権とで、留置権の可否が生じる、とする判例の考え方には問題があると考える学説も実際多いのよね。 チイちゃんが、納得いかない、というのであれば、この学説の立場からの批判はあっていいと思うわ。 ただ、論文で論証するのであれば、最高裁判例がある以上は、必ず判例の立場を示してからの論旨展開ってことは忘れないでね。 いきなり、造作買取請求権を理由に留置権の成立ってしてしまうと、最高裁判例も知らないのか、って目で見られてしまうことになっちゃうからね。 |
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・・・。 (あたしは、マンドくせぇことは嫌いだから、最高裁の立場でガッツリ抑えておくお。) |
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でも、やっぱり借地借家法は、難しいね。 チイは、借地借家法は、あまり勉強してきていないから、条文もあんまり知らないしな〜。 |
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だからこその勉強会なんじゃないの。 そうね。それじゃ、もう1つ事案を見ることにしましょうか。 |
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うえぇっ!! マヂでっ!? |
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わーい、やりたいっ! やりたいっ! | ||
仕方ない・・・どうせ、やんなら早くやってよ! | ||
同じ「やる」って言葉なのに・・・この温度差っ! それじゃ、借地・借家の問題と留置権の関係について、次の事例を考えてみてくれるかしら? サルの所有する土地を、ナカちゃんは借りたの。 借地人のナカちゃんは、この借りた土地の上に建物を建てて住んでいたわ。 やがて、借地権の契約期間が満了したんだけれど、その際、ナカちゃんは、土地所有者のサルに対して、借りていた土地の上の建物を買い取るよう求めたのね。 この請求を根拠づけるのは、借地借家法13条になるわ。 ちょっと条文を見てみましょうか。 |
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借地借家法第13条。 『(建物買取請求権) 第13条 1項 借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。 2項 前項の場合において、建物が借地権の存続期間が満了する前に借地権設定者の承諾を得ないで残存期間を超えて存続すべきものとして新たに築造されたものであるときは、裁判所は、借地権設定者の請求により、代金の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。 3項 前二項の規定は、借地権の存続期間が満了した場合における転借地権者と借地権設定者との間について準用する。』 |
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借地借家法13条1項は、建物買取請求権について規定しているわ。 で・・・問題はここからね。 ナカちゃんの建物買取請求権に対して、サルが応じてくれない場合、ナカちゃんは、この建物買取請求権を理由に、建物、そして建物の立つ土地をも留置することができるでしょうか? って問題ね。さぁ、どう思う? |
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建物買取請求権なんですから、建物自体を留置することは認められると思うです! ですよね? |
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そうね。 建物について留置権が成立することには問題はないわ。 ただ、ここで問題になっているのは建物ではなく、建物の立つ土地をも留置することが認められるのか? って問題よね。 |
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うーん、どうなんだろう・・・。 土地まで留置できるのかなぁ? だって、建物から生じた債権だからなぁ。土地は関係ないような気がするんだよなぁ。 |
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でもでも、建物だけ留置するなんてことは出来ないです! だって建物は、土地の上に建っているんです! |
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だったら出て行けおっ!! ・・・って話になんじゃね? |
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ぐぬぬぬぬぬ。 | ||
あらら・・・チビッ子かわいそす。 | ||
だから、ソレやめなさいよ。あんたは! ナカちゃん、泣かないでいいわよ。 この場合において判例(最判昭和35年9月20日)は、建物を留置することが認められる、その反射的効果として、敷地を占有することができる、としているわ。 |
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え? そうなんですか? | ||
うんうん。 |
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あらま・・・。 かわいそす、なのは、あたしの方じゃまいか。 |
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いえ、でも、この判例には続きがあるんですよね。 『建物買取請求権を行使した後は、買取代金の支払あるまで右建物の引渡を拒むことができるけれども、右建物の占有によりその敷地をも占有するかぎり、敷地占有に基く不当利得として敷地の賃料相当額を返還すべき義務』がある と判例は述べているんです。 つまり、敷地の占有は出来るけれども、その占有については不当利得となるため、占有期間に生ずる賃料相当額については支払う必要がある、ということになりますね。 |
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えぇぇ。 なんだか微妙な話になっているです・・・。 |
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まぁ、バランスだからね。 一方的に、いずれかの主張だけが勝つってことには、なかなかならないものよね。 |
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ふーん、あたしが大家さんだったから、チビッ子が最終的には勝つんかな、って思っていたけど、なんかいつもと比べて、あたしが勝ったり、それなりのオチだったり、前回と今回は意外だったかなぁ。 | ||
いつも結果がわかってしまうような配役ばかりでは・・・って思ってね。 まぁ、あんたが、いらないことしているのは、いつも通りなんだけどね。 |
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・・・・。 (この金満豚。 ホント、あたしのイメージ下げることに余念がないよなぁ。 なんか恨みでも、あんのかな? 一体、あたしがナニしたって言うんだお!?) |
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・・・。 (イメージ上がるようなことを藤先輩がしていないのが問題なんです!) |