さぁ、今日の勉強会では、ちょっと難しい論点について学ぶわね。 今日の勉強会で学ぶこと、ソレは 抵当権に基づいて、その侵害を排除することは認められるのか? という問題ね。 少し長くなるから、今回と次回と次々回との3回に分けて勉強することにするわね。 |
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こくこく(相づち)。 |
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この問題を、その前提から説明するわね。 抵当権は、物権ではあるけれど、占有を移転しない担保物権よね。 つまり、目的物に対する直接の支配を、その内容とするものではないわ。 でも、抵当権者は最終的には、抵当目的物の交換価値によって、その債権の満足を受けることになるわけよね(価値権説による理解)。 ただ、そうであれば、抵当権者にとって、債務者・設定者あるいは第三者の行為によって抵当目的物の価値が低下(毀滅などによって)させられると、自己の債権が満足を受けられなくなるおそれが生じることになるわ。 これは、抵当権者にとっては無関心ではいられない問題よね。 |
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うんうん。 | ||
そこで、この問題を、次のような事案を例に考えてみたいと思うわ。 下の図を見てくれる? |
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図について説明するわね。 債務者である、つかさちゃんの債務を担保するために、つかさちゃんにお金を貸した債権者であるナカちゃんは、つかさちゃんの所有する山林(立木が群生する山)を、抵当目的物として、抵当権の設定を受けたのね。 という前提から、次は下の図を見てくれる? |
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この図は、ナカちゃんが抵当権を有する山林の立木を、無権限の第三者であるサルが、勝手に伐採して持ち出していってしまったことを示しているわ。 このような場合に、抵当権者であるナカちゃんは、どのような手段によって、自己の権利を保全しうるのか、ということが問題になるわけよね。 |
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こくこく(相づち)。 | ||
それじゃ質問ね。 このような場合のナカちゃんが、サルに対して、具体的にどのような手段によって、自己の権利を保全しうると思う? |
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わ、私は、藤先輩に、勝手に立木を伐採して持ち出さないでって言いたいです! | ||
うーん、じゃあチイは、オネーちゃんは無権限で勝手に、立木を伐採して持って行っちゃっているんだから、その行為が不法行為(民法709条)にあたるってことで、オネーちゃんに対して、不法行為に基づく損害賠償請求をしたいよぉ! | ||
成程、成程ね。 ナカちゃんの主張は、抵当権者が、伐採の禁止、あるいは、伐採された木材の山林からの搬出を禁止することによって、直接に抵当目的物(山林の土地)の価値の低下を防止する手段を求めたいってことよね。 チイちゃんの主張は、抵当権者が、第三者による伐採を不法行為として、伐採者に対して、損害賠償の請求を求めたいってことね。 じゃあ、かかる請求が認められるか否かを、検討していくことにしましょうか。 |
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・・・例によって、あたしは悪者なのね。はいはい。 | ||
それじゃ、先ずはナカちゃんの主張の検討からね。 抵当権者が、立木の伐採禁止を求めるのは、伐採による担保価値の低下を未然に防止しようとする点で、妨害予防請求権(物権法総論③ 物権的請求権参照)の一種といえるわ。 でも、抵当権は、目的物の直接の支配を、その権利の内容とするものではなく、あくまでも、交換価値を把握することを権利の内容とするものよね。 そのような抵当権に、物権的請求権を行使しうるとする根拠を、どう考えるべきか、ということが問題になるわ。 |
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かつて判例は、この根拠を、抵当権者が抵当権の実行に着手し、競売開始決定がなされたことによって、立木を含む抵当目的物について差押えの効力が生ずることとなるので、その差押えの効力として、抵当権者は、立木の伐採を禁止し、また既に伐採されたときには、その木材の搬出の禁止を求め得るとしていましたよね。 (大判大正5年5月31日) ただ、この判例の立場に立つと、抵当権者は、被担保債権の弁済期が到来し、かつ、抵当権が実行される段階にならなければ、伐採禁止を求めることができない、ということになってしまいます。 そこで、判例もその後、伐採等の目的物の滅失毀損行為によって、抵当目的物に対する侵害が加えられた場合には、被担保債権の弁済期の前後を問わず『抵当権の効力として』妨害排除を求めることができる、としています。 (大判昭和6年10月21日) ちなみに、この判決では、抵当権者による伐採禁止は、妨害排除であるとしていますね。 |
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そうね。 つかさちゃんの言うように、判例は変遷しているわけよね。 ただ、判例の立場に立つとしても、次の問題が生じることとなるわ。 その問題とは、伐採が抵当権の侵害であるといえるためには、伐採によって抵当目的物である土地の価値が被担保債権額を下回る(また、それが予想される)ことが必要であるか否か、という問題よね。 |
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あ・・・そうか・・・。 第三者が勝手に立木を伐採したとしても、まだ抵当目的物となった山林に、抵当権者の債権を全額回収できるだけの十分な担保価値があるっていうのなら、ナニも、抵当権者に伐採禁止なんて認める必要もないわけだもんね。 |
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でも実際問題、立木の伐採によって担保価値が、どれくらい低下するかなんてワカルのかなぁ? | ||
そうよね。 今のチイちゃんの疑問が、そのまま抵当権者に伐採禁止を肯定する理由となるわ。 確かに、学説の中には、今のサルのような考え方から抵当権者の伐採禁止を認める必要を否定する見解もあるけれど、多くの学説は、抵当目的物たる土地の価値を低下させるような行為(立木の伐採)については、これにより抵当土地の価値が被担保債権を下回ることになるか否かを問わず、抵当権者に伐採禁止を認めるべきである、と考えるのよね。 その理由としては、今、チイちゃんが挙げてくれたように、伐採前には、伐採によって、どの程度の価値の低下があるのかの予測が困難であること、その他の理由としては、抵当権は、その目的物の担保価値の全体をもって被担保債権を担保するものであるという抵当権の不可分性が挙げられるわね。 |
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そうですね。 この考え方からは、抵当権の侵害といえるためには、目的物の価値の減少があれば足り、残存する目的物の交換価値が、被担保債権を下回ることを要しない、と言えますね。 |
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まとめてくれて、ありがとうね、つかさちゃん。 それじゃ、次に、チイちゃんの主張を検討してみましょうか。 チイちゃんの主張は、抵当権者が、第三者による伐採を不法行為として、伐採者に対して、損害賠償の請求を求める、というものだったわよね。 結論から言うと、抵当権侵害も不法行為(民法709条)となりうるわ。 ただ、まだ不法行為自体を勉強していないため、不法行為成立の要件を知らないから仕方がないんだけれど、不法行為の成立要件には『損害』が生じていることが求められるのよね。 不法行為となりうる・・・と言ったのは、そのためね。 また不法行為について改めて勉強すると、このあたりがクリアになると思うんだけれど、ここでの理解ということで説明することにするわね。 立木の伐採によって、抵当権者に損害を生じたときは、抵当権者は伐採者に対して、損害賠償請求権を取得するわ。 ただし、ここにいう『損害』とは、伐採という行為によって、抵当目的物の価値が被担保債権額を下回ることになる場合に限られるわ。 逆を返せば、被担保債権の回収が図られうる場合には、損害ありとは言えないことから損害賠償請求はできないってことになるわね。 |
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ちなみに、図の事案では、私は山林の土地の所有者でしたよね。 図をもう一度見て下さい。 |
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ということは、藤さんの伐採は無権限に行われている行為である以上、私は抵当土地の所有者であるのですから、加害者である藤さんに対して、所有権侵害を理由として損害賠償請求権を取得することになりますよね。 | ||
そりゃ、そうだよね。 | ||
そうしますと、抵当権者は、所有者である抵当権設定者の侵害者に対して有する損害賠償請求権に物上代位することによって、抵当権者としての権利の保全することもできる、と言えますよね。 この考え方に立てば、抵当権者には損害は発生していないといえ、抵当権者は独自に侵害者に対して、損害賠償請求権を取得するものではないとも考えることが出来ますよね。 もっとも、抵当権者も所有者とは別個に損害賠償請求権を取得する、とする考え方もあります。 この考え方に立てば、抵当権者は抵当目的物から完済を受け取れなくなった額を。 所有者は、不法行為前の目的物の価格から抵当権の被担保債権額を控除した額を。 それぞれ損害賠償請求しうる、という帰結になりますね。 |
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な、な、なるほど・・・。 (なんか難しいこと言ってんな・・・メガネめ。) |
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ちょっと不法行為についての勉強が済んでいないから、ワカラナイこともあるかもね。 でも、チイちゃんの主張も十分考えられるところだと思うから、検討はしておくべきだったと思うわ。 |
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そうだよね! ありがとう、光おねーちゃんっ! |
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因みに判例は、抵当権者は抵当権実行前であっても、被担保債権の弁済期以後であれば、不法行為に基づく損害賠償請求は可能としているわね。 (大判昭和7年5月27日) これは、競売を待たなくとも、損害額は確定しうるものであることが理由とされているわ。 ま、その場合であっても『損害』が生じていなければならない、というのは同じことだけどね。 |
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・・・。 (やべ・・・なんかスッゴい真面目なまま勉強会が終わろうとしているお。 なんか・・・なんか言わないと・・・な、なんか・・・) |
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・・・。 (なんて不要な義務感を抱えているんでしょうか・・・藤先輩は。) |