民法177条にいう登記を要する物権変動、そして、登記を要しない物権変動とがあることを、回を分けて学んでいこうってことで、まずは物権変動の原因となる相続と、177条の対抗要件としての登記の問題については勉強したわけよね。 今回は、相続に続いて物権変動の原因となる取得時効と登記の問題について学びたいと思うわ。 取得時効については、民法総則で勉強済みよね。 「アレ? なんだったっけ?」って思うのなら戻って復習してくれるといいと思うわ。 それじゃ、まずは条文の確認からね。 六法で、民法177条、そして取得時効について民法162条を見てくれる? |
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民法第177条 『(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。』 民法第162条 『(所有権の取得時効) 第162条 1項 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。 2項 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。』 |
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おさらいになるけれど、ナカちゃんが読んでくれたように、民法177条は『不動産に関する物権の得喪及び変更は』、『登記をしなければ、第三者に対抗することができない』と定めているんだったわよね。 この177条にいう対抗要件としての登記と、取得時効との関係を、今日は学ぶことにするわ。 |
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おひょひょひょひょひょひょひょっ! あたしの大好きな取得時効たんが来たおっ! コレは、今日の勉強会は大事だお! |
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オネーちゃんは、なんで、そんなに取得時効が好きなの? そんなに興味深い論点でもあるの? |
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なんだか、藤先輩には不穏な動機があるような気がするです・・・。 | ||
ちょっと・・・真面目に聴いてくれようとする姿勢は歓迎するけれど、あんた一体ナニ考えているのよ・・・。 取得時効については勉強済みではあるけれど、ザックリ復習がてら説明しておくと、一定の年数、所有の意思をもって、ある物を占有すると、その占有している者に所有権がなかった場合でも、その占有者は所有権の取得を認められることがある、というのが取得時効だったわよね。 |
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うんうんうんうん。 ホントに、素晴らしい制度だお! 沖縄に別荘が持てるかも知れない奇跡の制度なんだお! |
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え? ナニ? 今なんて? えーっと、ここにいう『所有の意思』をもって占有する、というのは、自分の物として占有するということだったわよね。 自分の物として占有するか否かは、これはどうやって占有を開始したかによって決まるのよね。 例えば「買った」とか「貰った」っていう場合は、その買った人や、貰った人の開始した占有は『所有の意思』をもってする占有っていうことになるわ。 これに対して「借りた」とか「預かった」ということで開始した占有は『所有の意思』をもってする占有とはいえないわ。 総則の勉強会の際には説明しなかったけれど、この『所有の意思』をもってする占有を「自主占有」。借りた、とか、預かったとかの『所有の意思』をもってするのではない占有を「他主占有」というわ。 所有権の取得時効の基礎となるのは「自主占有」だから。 所有権の取得時効が認められるための占有期間の長短に関係なく、まずは「自主占有」であるかどうかが大事ってことになるわね。 |
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へぇ〜。自主占有と他主占有があるわけかぁ。 コレはまた、スッゴイ大事なことを学んだなぁ。 インプット、インプットォ〜っ! |
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法律の勉強は、大事な話ばかりだと思うよ。 別に、自主占有や他主占有だけが大事ってわけじゃないのに、なんでオネーちゃんは、今日に限って、目を輝かせて聴いているの? |
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ん? 秘密。 |
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アレは絶対、悪いことを考えている顔です・・・。 | ||
だよねぇ〜。 いいのかしら、このまま勉強会を続けてしまって・・・って不安に駆られちゃうわね。 それじゃ、今から、話す事案を考えてみてくれるかしら? 2003年4月1日。 サルは、つかさちゃんから土地を買って、その土地の引渡しを受けたわ。 そして、その土地の上に建物を建てて住むことにしたの。 でも、土地の移転登記はしないままにしていたわ。 その後、つかさちゃんが死亡して、ナカちゃんが相続をしたわ。 ナカちゃんは、つかさちゃんが生前に、サルに土地を売ったことは知らなかったの。 そのため、ナカちゃんは、つかさちゃんの土地を、自分が相続したものだと思い込んでいたわけね。 2012年4月1日。 ナカちゃんは、この土地をチイちゃんに売却して、移転登記も済ませたわ。 土地そのものは、相変わらずサルが占有し続けていたわけなんだけど、その土地を買ったチイちゃんも、特に利用する予定はなかったため、移転登記だけ得て、あとはそのままにしていたのよね。 2015年4月。 チイちゃんは、ナカちゃんから買った土地を利用したいって思って、土地を見に行ったところ、土地をサルが占有していることを知ったわ。 そこで、チイちゃんは土地を占有しているサルに対して、土地の上に建物を収去して、土地を明渡すように求めた・・・という話ね。 少し事案が長いから、下に図を示してみたわ。 |
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本来1つしかないはずの土地が、サルとチイちゃんの2人の相手に売却されているのがワカルわよね。 これは典型的な二重譲渡になるわ。 つかさちゃんとナカちゃんとは、被相続人・相続人の関係だから、地位や立場も相続によって承継(包括承継)することから、この両者は同視できることになるからね。 つまり、この事案において土地は、一方では、つかさちゃんからサルに売却され、その後、つかさちゃんと同視できるナカちゃんからチイちゃんに売却されていることになるわ。 そして、土地を占有しているのはサルなんだけれど、土地の登記はサルではなくって、チイちゃんになされているのがポイントになるわよね。 さぁ、この事案においてチイちゃんとサルとの法律関係を考えてみてくれる? |
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えーっと・・・。 二重譲渡って、たしかこういう場合だよね・・・。 (下の図参照) |
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こういう二重譲渡の場合は、ナカちゃんと、つかさちゃんとの関係は、177条の対抗要件としての登記を先に備えた方が勝つんだったよね。 ということは、今回の事案だと、チイは既に登記をもっとるんだから、あたしは登記がない以上は、チイには対抗できないってことになるんじゃない? |
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藤さん、藤さん。 図に緑色で記入されている日付の存在をお忘れになってみえますよ。 |
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オネーちゃんの大好きな取得時効だよ! | ||
え? ・・・うーんと、うーんと・・・。 チイが、あたしに土地を明渡せって言ってきたのは2015年4月なんでしょ? んで、あたしが、クロちゃんから土地を買い受けて、占有を開始したのが2003年4月。 ・・・「2015−2003」だから12年経過してるわけだよね。 |
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民法第162条 『(所有権の取得時効) 第162条 1項 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。 2項 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。』 とあるです。 藤先輩は、占有を開始してから10年以上経っているです。 そして、黒田先輩との取引によって、土地を買い受けて占有を開始しているわけですから、土地が自分の物になったことを疑わないでしょうし、またそのことに過失があったとも思えないです。 ですから、藤先輩にとっての取得時効期間は、162条2項から10年とみることができると思うです。 |
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ふむふむ・・・。 そうなると、あたしには、クロちゃんとの取引から10年を経過した時点。 つまり、2013年4月には取得時効が完成していたってことか。 ・・・ソレって、チイがナカちゃんから土地を売ってもらった後の話だよね。 でも、現実問題として、あたしには登記がないことは変わらないんだけど、取得時効の完成は、なんか影響するの? |
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藤先輩、この条文があるです! 民法第144条。 『(時効の効力) 第144条 時効の効力は、その起算日にさかのぼる。』 つまり、取得時効においては、時効取得した者は、占有の最初から権利者であるものとして扱われるという遡及効という効果があったです! |
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いや、あたしも取得時効については、大事な制度だから、あたしなりに把握しているつもりだよ? その遡及効についても、もちろん知ってはいるんだけどさ。 でも、遡及効によって、クロちゃんとあたしとの取引時点から、あたしが土地の所有者だってことになったとしてもだよ? あたしに登記がない以上は、チイには対抗できないって結論になるんじゃないのかな? |
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らしくないじゃない。 ううん、いい意味でだけどね。 よく検討してくれているわね。 今、サルが抱いている疑問の回答が、百選Tの6版53事件 7版55事件なのよね。 (最判昭和46年11月5日) サルには取得時効が成立する。 そして、取得時効の効果(遡及効)から、サルは取引開始時点である2003年4月から土地の所有権を有していたものとして扱われる。 そのような場合でも、サルは登記がない以上、チイちゃんには対抗できないのか? それとも、取得時効による所有権取得には、登記は不要なのだろうか? この問題を判例はどう考えているのかを見てみましょうか。 |
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ゴクリ・・・正直、めっちゃ気になるね・・・。 | ||
最高裁は、次のような判断を下しているわ。 『不動産の売買がなされた場合、特段の意思表示がないかぎり、不動産の所有権は当事者間においてはただちに買主に移転するが、その登記がなされない間は、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対する関係においては、売主は所有権を失うものではなく、反面、買主も所有権を取得するものではない。 当該不動産が売主から第二の買主に二重に売却され、第二の買主に対し所有権移転登記がなされたときは、第二の買主は登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者であることはいうまでもないことであるから、登記の時に第二の買主において完全に所有権を取得するわけであるが、その所有権は、売主から第二の買主に直接移転するのであり、売主から一旦第一の買主に移転し、第一の買主から第二の買主に移転するものではなく、第一の買主は当初から全く所有権を取得しなかつたことになるのである。 したがつて、第一の買主がその買受後不動産の占有を取得し、その時から民法162条に定める時効期間を経過したときは、同法条により当該不動産を時効によつて取得しうるものと解するのが相当である。 してみれば、上告人の本件各土地に対する取得時効については、上告人がこれを買い受けその占有を取得した時から起算すべきものというべきであり、二重売買の問題のまだ起きていなかつた当時に取得した上告人の本件各土地に対する占有は、特段の事情の認められない以上、所有の意思をもつて、善意で始められたものと推定すべく、無過失であるかぎり、時効中断の事由がなければ、前記説示に照らし、上告人は、その占有を始めた昭和二七年二月六日から10年の経過をもつて本件各土地の所有権を時効によつて取得したものといわなければならない(なお、時効完成当時の本件不動産の所有者である被上告人は物権変動の当事者であるから、上告人は被上告人に対しその登記なくして本件不動産の時効取得を対抗することができるこというまでもない。)。』 とね。 あ、判決文中にある年月日については、事件のものだから修正していないけれど、今回の勉強会の事案の年月日に置換して聴いて欲しいかな。 |
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ということは、つまり? | ||
藤さんの名演技には、頭が下がる思いがします。 つまり、民法162条は、取得時効の成立要件に登記は必要とはしていないということですよね。 事案の藤さんは、取得時効の成立によって、その効果である遡及効が働くことから、占有開始時点から土地の所有権者として扱われることになるわけですよね。 ですから、藤さんは、仮にナカちゃんから土地の返還請求をされても、取得時効が完成した2013年4月以降であれば、登記がなくても、土地の所有権を時効取得したんだから、自分の物だって言えることになります。 同様に、そのナカちゃんから、時効完成前に土地を取得したチイちゃん(=時効完成前の第三取得者)に対しても、当事者の関係にあることから、登記がなくても、土地の所有権を時効取得したんだから、自分の物だって言えるわけです。 (最判昭和41年11月22日同旨) |
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え? え? マヂで!? マヂで、そうなるの? |
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仕方ないよね・・・。この事案のチイは、オネーちゃんの時効完成前に、土地をナカちゃんから取得しているんだからね・・・。 でも、オネーちゃんの時効完成後に、チイがナカちゃんから土地を取得している場合には、そんな話にはならないよ? |
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んんんっ!? 詳しくっ!! ソコんとこ、もっと詳しくっ!! |
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え? だって、事案とは違って、チイの土地の取得が、オネーちゃんの時効完成後なら、時効完成後に現れた第三取得者との関係・・・つまり、事案でいうところのオネーちゃんとチイとの関係は、占有開始時点の所有者(事案でいうところのナカちゃんになります)を起点とする二重譲渡類似の関係になるからね。 (大連判大正14年7月8日同旨) この場合には、登記がなければ対抗できないってことになるから、事案のチイは登記を具備している以上、オネーちゃんはチイには対抗できないって結論になるよ? オネーちゃんも知ってるでしょ。 |
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成程、成程・・・。 うんうん。めっちゃ勉強になったわ・・・。 やっぱり登記は大事ってことね。 ってことは、時効完成したら、もう速やかに、取得時効で、この土地はあたしの物だぁーって言って、登記を移転しとかないと、せっかく時効取得で土地を手に入れても、もとの木阿弥になりかねないって話ね。 はいはい。わっかりました。 |
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なんか、珍しく配役にすごい感情移入してない? そのこと自体は嬉しいんだけど、ちょっと異様な感じは受けちゃうわ・・・。 ナニか個人的な思い入れでもあるわけ? |
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うーん、まぁね。 あたしが将来、沖縄に別荘を持てるか否かが懸かってるかんね・・・。 |
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ナニそれ、ナニそれっ!! チイ、沖縄なんて写真でしか見たことないよっ!! 夢みたいな南国なんでしょ? きっと、ぶち美味しいモンで一杯のとこだよ! そんなとこに別荘なんてオネーちゃん、スッゴイよっ! |
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うんうん。 オネーちゃんが、沖縄に別荘を持った暁には、チイも呼んであげるから! |
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私も行きたいですっ! | ||
私も是非、御招待して下さい! | ||
よしよぉーしっ! みんな呼んであげちゃうからっ! |
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楽しそうな話ね。 私も呼んでくれるんでしょ? |
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言っとくけど、そん時には、その別荘は、もうあたしの物だからねっ! | ||
な、な、なんの話よ・・・。 | ||
・・・っとっとっと。 いやいや、思わず心の声が出ちゃったお。 うんうん。 光ちゃんもおいで、おいで。沖縄のあたしの別荘に。ウヒヒヒ。 |
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・・・。 (ナニか良からぬ企みを感じるです。 いい話のはずなのに何故でしょう・・・。) |