最判平成5年9月7日判決 ~血脈相承事件~ |
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本件では、血脈相承の有無が裁判での争点となったわ。 この血脈相承と絡んで・・・ 日蓮正宗の管長をサル。 日蓮正宗に包括される末寺の原告らをナカちゃん、チイちゃん。 ナレーターを私ってことで頑張りましょうか。 |
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あ、光ちゃん。 よろしければ、ナレーターは私がしてもいいでしょうか? |
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あ、そうね。 つかさちゃん、ちょっと配役なかったしね。 うんうん、御願いね。 |
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はいっ! | ||
ナレーター |
宗教法人・日蓮正宗内においては、路線対立が起きていました。 | |
管長 |
ん? なにやら末寺の住職共がナニやら騒がしいぞ? |
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管長は、日蓮正宗の代表役員たる地位にあるです! | 末寺の原告ら |
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管長 |
うむ、確かに。 | |
でも、日蓮正宗の宗制によれば、代表役員の地位に就くには、その前提として、法主(ホッス)就任が必要になるです。 | 末寺の原告ら |
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管長 |
うむうむ。確かに確かに。 | |
しかし、管長は、法主就任に必要な血脈相承を受けていないです! | 末寺の原告ら |
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管長 |
たわけたことを抜かすな! よくもまぁ、そんな出鱈目を言えたものよ! |
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いいえ、私達は、管長は血脈相承を受けていないと思っているです! そうであるならば、法主ではない、あなたには代表役員たる地位がないはずです! |
末寺の原告ら |
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管長 |
下らん。 わしは、そのような戯言には付き合ってはおれんわ! |
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じゃあ、裁判で明らかにするよ! チイ達は、管長・代表役員の地位の不存在の確認を求めて訴えるよ! |
末寺の原告ら |
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うん、そこまででいいわ。 | ||
あ・・・私、せっかくのナレーターでしたのに、冒頭に一言いっただけでしたね。 | ||
管長を、つかさちゃんに御願いすればよかったわね。 | ||
いえ、すみませんでした。 ・・・でも、次回は御願いしたいです。 |
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OKOK! えーっと、宗教問題の判例も4つ目ってことで、大体、争点もみえてきているんじゃないかしら? |
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うんうん! 争点は 宗教法人の代表役員たる地位の存在の確認を求める訴えが『法律上の争訟』にあたるのか? ってことだよね! |
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むむ!? ソレって、この前やった本門寺事件でやってないっけ? 住職は宗教上の地位だから『法律上の争訟』にあたらないけれど、代表役員は、宗教法人の代表役員ってことで法律上の地位だから『法律上の争訟』にあたるってことになるんじゃなかったっけ? |
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そうね。 よく整理出来ていると思うわ。 確かに、ソレが原則論になるわ。 |
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いやいやいや・・・きたよ、きちゃったよ、原則論。 ってことはナニ? これは例外になるってこと? |
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本件では、この代表役員たる地位の前提問題として、血脈相承という宗教上の教義判断が絡んできているわけよね。 ソコがポイントになっているわ。 |
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成程・・・。 すんなり原則論通りには、いかないと。 ケチがついたわけですな。血(ケチ)脈相承だけに。 |
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・・・。 (罰当たりなことを言っているです!) |
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大体、本門寺事件と同じ判旨なら、わざわざ判例検討する必要もないでしょうに。 それじゃ、判決文を見ていくわね。 『特定の者が宗教団体の宗教活動上の地位にあることに基づいて宗教法人である当該宗教団体の代表役員の地位にあることが争われている場合には、裁判所は、原則として、右の者が宗教活動上の地位にあるか否かを審理、判断すべきものであるが、他方、宗教上の教義ないし信仰の内容にかかわる事項についてまで裁判所の審判権が及ぶものではない(最高裁昭和五二年(オ)第一七七号同五五年四月一〇日第一小法廷判決・裁判集民事一二九号四三九頁参照)。 したがって、特定の者の宗教活動上の地位の存否を審理、判断するにつき、当該宗教団体の教義ないし信仰の内容に立ち入って審理、判断することが必要不可欠である場合には、裁判所は、その者が宗教活動上の地位にあるか否かを審理、判断することができず、その結果、宗教法人の代表役員の地位の存否についても審理、判断することができないことになるが、この場合には、特定の者の宗教法人の代表役員の地位の存否の確認を求める訴えは、裁判所が法令の適用によって終局的な解決を図ることができない訴訟として、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に当たらないというほかない。』 この判決文中に引用されている参照判例は、本門寺事件判決になるわ。 つまり、サルがさっき整理してくれていたように、宗教法人の代表役員たる地位については、 『裁判所は、原則として、右の者が宗教活動上の地位にあるか否かを審理、判断すべきものである』 としているわけだけれど、その判断が 『当該宗教団体の教義ないし信仰の内容に立ち入って審理、判断することが必要不可欠である場合には、裁判所は、その者が宗教活動上の地位にあるか否かを審理、判断することができず、その結果、宗教法人の代表役員の地位の存否についても審理、判断することができないことになる』 ため、その場合の宗教法人の代表役員たる地位の存否の確認の訴えは、 『裁判所が法令の適用によって終局的な解決を図ることができない訴訟として、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に当たらない』 という結論になる、としているわけね。 |
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ってことは、本件では・・・。 | ||
まぁ、そういうことになるわけよね。 あてはめ、結論部分についてはお察しの通りだから、割愛することにするわ。 |
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あら、珍しい。 またグリーンマイルかと思っていたのに。 |
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血脈相承の意義や、血脈相承をしたかどうか、という点についての審理・判断は、日蓮正宗の教義・信仰と密接不可分な問題である以上は、裁判所の審判権は及ばないって話を述べてるだけだからね。 ここで抑えておいて欲しいのは、本門寺事件との違いね。 |
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光ちゃん。 大野裁判官反対意見は見ておくべきではないでしょうか? |
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あ、そうね。 大野正男裁判官反対意見が、本判決にはあるのよね。 論文問題では、原告・被告両方からの意見が問われることが多いからね。 被告側からの反論を述べる際に、使えるように、この反対意見には、しっかり目を通しておくべきよね。 『本件の争点は、まさに日顕が右宗規の条項に適合して法主に「選定」されたか否かである。 ところで、日蓮正宗においては、右「選定」は、「血脈相承」という宗教的儀式によってされるものである。 そして本件では、日顕が昭和53年4月15日当時法主の地位にあった日達上人から「血脈相承」を受けたか否かが直接の争点事実となっている。 しかし「血脈相承」は日蓮正宗の教義ないし信仰の内容にかかわる宗教的儀式であって、その意義及び存否は、裁判所の判断の対象とはならない。 その点は多数意見のいうとおりである。 しかし、そのことから直ちに法主の「選定」の有無が裁判所によって判断できない非法律的な宗教的事項になるわけではない。 法主の「選定」があったか否かは、「血脈相承」それ自体を判断しないでも、「選定」を推認させる間接事実(例えば、就任の公表、披露、就任儀式の挙行など)の存否、あるいは選任に対する日蓮正宗内の自律的決定ないしこれと同視し得るような間接事実(例えば、責任役員らによる承認、新法主による儀式の挙行と列席者の承認など)の存否を主張立証させることによって判断することが可能である。 「選定」の直接事実は「血脈相承」であり、それは裁判所の判断すべき事項ではないが、右例示の間接事実は、教義、教理の内容にわたるものではなく、裁判所にとって判断可能な社会的事実であり、これらの事実の存否によって、裁判所は日顕が宗教法人たる日蓮正宗の代表役員であるか否かを判定することが可能であり、また必要である。 けだし、裁判所は、宗教団体の教義、教理ないし信仰の内容に介入することはできず、また、介入してはならないが、日蓮正宗は宗教団体であると同時に、国家法である宗教法人法によって設立されている法人であることにも留意しなければならない。 すなわち、日蓮正宗は、その財産を所有し、維持運用し、業務及び事業を運営することに資するため宗教法人法により法人格を取得し法律上の能力が与えられているのであり(宗教法人法1条)、その限りにおいて法律的世俗的存在でもあって、所轄庁の認証を受けた規則(代表役員の任免は必要的記載事項である(同法12条1項5号)。)によって代表役員が選定されたか否かは、まさに法律的事項である。 したがって、その選定の直接事実が教義、教理にかかわる宗教的儀式であるからといって、直ちに本件紛争そのものが法律上の争訟性を欠くとすることは適当ではない。 第一審判決のように、本件を法律的事項でないとして司法権が及ばないとすると、宗教法人たる日蓮正宗は、代表役員の地位が司法上確定できないことになり、本来は法律的事項に関する紛争についても司法権による法の実現ができず、法人の財産の維持、運用、その業務及び事業の運営が困難になるであろう。 それは、およそ裁判所が宗教団体の自主性を尊重することとは、全く反対の結果となる。そのような結果になることは、日顕が正当な代表役員であることを主張する者にとっても、それを否定する者にとっても不利益である。 以上のように、私は、多数意見が教義、教理や信仰の内容に干渉してはならないとする点にはもとより賛成であるが、そのことから直ちに本件を法律上の争訟でないとして第一審判決を支持したことに反対である。』 と述べているわね。 この反対意見は、民事訴訟法でも検討されるくらい重要な考え方だから、この機会によく目を通しておくといいと思うわ。 |
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グリーンマイルはないと思っていたら、とんだ伏兵が出てきよったわい・・・。 | ||
む、む、難しいです・・・。 | ||
そうですね。 藤さんではないですけれど、ザックリとした説明をするのなら、血脈相承について直接的な判断を下すことは、宗教の信仰や教義の問題に踏み込むことになるので裁判所の審判権は及ばないことになるわけですが、でも、その選定の有無については、その事実を推認させる間接事実によって裁判所も判断可能といえるし、また、すべきである、とまで述べているわけですね。 |
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そうね。 実際の問題に出題された場合には「選定」を推認させる間接事実となる 『就任の公表、披露、就任儀式の挙行など)の存否、あるいは選任に対する日蓮正宗内の自律的決定ないしこれと同視し得るような間接事実(例えば、責任役員らによる承認、新法主による儀式の挙行と列席者の承認など)』 の事実を、問題文から拾って、このような事実が、どのような事実といえるか評価するってことになると思うわ。 |
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・・・っていうか、いまだに民事訴訟法に着手してないのって何気にヤバくね? こんなに悠長に、憲法の統治機構やってていいの? って話にならね? いつ、あたし達、2回生に上がれるの? って話にならね? |
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メ、メタは駄目ですぅぅっ!! |