最判平成元年6月20日 〜百里基地訴訟〜 |
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本件では、自衛隊の航空基地を建設するため茨城県東茨城郡小川町百里原の用地買収が問題となったわけね。 この問題を前提として、 買収の目的となる土地の所有者を、チイちゃん。 この買収に反対する町長を、ナカちゃん。 その町長の使用人を、サル。 土地を買収しようとした国を、つかさちゃん。 そして、ナレーターを私。 というオールキャストで頑張りましょうか。 |
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ナレーター |
国は、自衛隊の航空基地の建設計画に基づき茨城県東茨城郡小川町百里原の用地買収を進めていました。 | |
自衛隊なんて憲法違反です! そもそも憲法9条に反する自衛隊の基地なんて、認めないです! 国が、この辺り一帯の土地を買収していますが許せないです! |
買収反対の町長 |
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町長の使用人 |
ご主人様のいうとおりだと思うでやんす。 | |
用地買収計画上、あの人の持っている土地は必要不可欠になるはずです。 先に、こっちが、その土地を買って基地建設に反対するです! |
買収反対の町長 |
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町長の使用人 |
それじゃ、その土地を買ってくるでやんす。 | |
町長の使用人 |
あー、もしもし。 あんたの持っている土地だけど、わしに売ってもらえんかのぉ。 |
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いいよぉ! (土地の売買契約締結) |
土地の所有者 |
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町長の使用人 |
えーっと、それじゃまぁ、とりあえずこんだけ払っとくよ。 | |
・・・これだと半分くらいだね。 ちゃんと残金については払ってもらえるんだよね? |
土地の所有者 |
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町長の使用人 |
うんうん。 | |
・・・って言ってたのに、全然残金払ってくれないよぉ! | 土地の所有者 |
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国 |
えー、すみません。 近く自衛隊の航空基地の建設予定地に必要なので、あなたの所有する土地を、国に買受けさせてもらえないでしょうか。 |
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あの人、全然残金を払ってくれないしね。 うん、それじゃ、あの人の契約は解除して、チイの土地は国に売ることにするよ! (売買契約解除。国との土地の売買契約締結) |
土地の所有者 |
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国 |
ありがとうございます。 えーっと、それでは御手数をお掛けするのですが、私共、国と共に、最初に土地を売却された方を相手に、土地の所有権確認訴訟をして頂けないでしょうか。 |
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うん、協力するよ! | 土地の所有者 |
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町長の使用人 |
は? ナニを言ってんだよ! そもそも、自衛隊は戦力放棄をうたう憲法9条に違反してんだろが! その憲法9条に反する自衛隊基地の建設のための国による土地の買受は、無効なんだよ、無効っ!! |
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ナレーター |
この被告の主張について説明しますと。 憲法98条1項は、次のように規定しています。 『憲法第98条 【最高法規】 1項 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。』 そして、憲法9条は、次のように規定しています。 『憲法第9条 【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】 1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』 つまり、被告側の主張は、自衛隊が戦力保持を否認する憲法9条に違反する『戦力』にあたる以上、最高法規たる憲法に反する『国務に関するその他の行為』である本件土地の買収行為は『その効力を有しない』、つまり無効である、とする主張でした。 |
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まぁ、そこまででいいかな。 | ||
あ・・・私も本件では訴訟参加するから、もう1回出番があると思っていたです。 | ||
まぁ、争点との関係はないからカットしていいかなって思ってね。 あ、ひょっとしてナカちゃん、やる気だった? |
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ワカル、ワカルよぉ。 判例検討の事案再現楽しいもんね。 |
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そうですね。 私も、事案再現の配役は、いつも期待しちゃうから、竹中さんのお気持ちは分かりますよ。 |
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・・・。 (こいつら面白いなぁ。 ナニが、そんなに楽しいんだろ。 なんか変な薬でもキメてんじゃなかろか。) |
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みんな判例再現好きなのね。 あ、それじゃ、本件の争点の整理から入るわね。 本件の争点は、次の3点になるわ。 @国が私人と対等の立場で行う、いわゆる私法行為は、憲法98条1項にいう『国務に関するその他の行為』にあたるか? A憲法9条は、国と私人との間の契約行為(=いわゆる私法行為)に直接適用されるのか? B直接適用されるものではないとした場合、憲法9条は、国と私人との間の契約行為に、どのような適用がなされるものか? の3点ね。 |
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おおう。 争点整理の整理がいるんじゃね?コレ・・・。 ってなくらい難しい話じゃね? |
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判例検討前にも伝えたと思うけれど、また私人間効力を学んでから、再度見ることで理解も深まると思うから、今は、その位置づけでいいと思うわ。 それじゃ、判決文を見ていくわね。 『憲法98条1項は、憲法が国の最高法規であること、すなわち、憲法が成文法の国法形式として最も強い形式的効力を有し、憲法に違反するその余の法形式の全部又は一部はその違反する限度において法規範としての本来の効力を有しないことを定めた規定であるから、同条項にいう「国務に関するその他の行為」とは、同条項に列挙された法律、命令、詔勅と同一の性質を有する国の行為、言い換えれば、公権力を行使して法規範を定立する国の行為を意味し、したがつて、行政処分、裁判などの国の行為は、個別的・具体的ながらも公権力を行使して法規範を定立する国の行為であるから、かかる法規範を定立する限りにおいて国務に関する行為に該当するものというべきであるが、国の行為であつても、私人と対等の立場で行う国の行為は、右のような法規範の定立を伴わないから憲法98条1項にいう「国務に関するその他の行為」に該当しないものと解すべきである。』 として、まず争点@については、該当しない、としているわね。 つまり、今日の勉強会のテーマとの関係で、まとめると、違憲審査の対象からは、国の私法上の行為(=私法行為)は除外されるということとなるわね。 |
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『公権力を行使して法規範を定立する国の行為』じゃなければ、公法上の行為じゃないってことなんだ・・・。 うーん、でも見極め難しそうだね・・・。 国家の行為は、一律に憲法が適用されるってした方が明確な気もするけどなぁ。 |
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そうね。 そういう批判もなされているわね。 まぁ、それはそれとして、他の争点についての判断も見ていきましょ。 『上告人らが平和主義ないし平和的生存権として主張する平和とは、理念ないし目的としての抽象的概念であつて、それ自体が独立して、具体的訴訟において私法上の行為の効力の判断基準になるものとはいえず、また、憲法9条は、その憲法規範として有する性格上、私法上の行為の効力を直接規律することを目的とした規定ではなく、人権規定と同様、私法上の行為に対しては直接適用されるものではないと解するのが相当であり、国が一方当事者として関与した行為であつても、たとえば、行政活動上必要となる物品を調達する契約、公共施設に必要な土地の取得又は国有財産の売払いのためにする契約などのように、国が行政の主体としてでなく私人と対等の立場に立つて、私人との間で個々的に締結する私法上の契約は、当該契約がその成立の経緯及び内容において実質的にみて公権力の発動たる行為となんら変わりがないといえるような特段の事情のない限り、憲法9条の直接適用を受けず、私人間の利害関係の公平な調整を目的とする私法の適用を受けるにすぎないものと解するのが相当である。』 と、述べているわ。 ここでは A憲法9条は、国と私人との間の契約行為(=いわゆる私法行為)に直接適用されるのか? という争点に対して、 『憲法9条は、その憲法規範として有する性格上、私法上の行為の効力を直接規律することを目的とした規定ではなく、人権規定と同様、私法上の行為に対しては直接適用されるものではないと解するのが相当』 として、直接適用を否定しているわ。 ただ、完全に否定しているわけではなく、限定しているのはポイントになるわね。 『国が行政の主体としてでなく私人と対等の立場に立つて、私人との間で個々的に締結する私法上の契約は、当該契約がその成立の経緯及び内容において実質的にみて公権力の発動たる行為となんら変わりがないといえるような特段の事情のない限り、憲法9条の直接適用を受けず、私人間の利害関係の公平な調整を目的とする私法の適用を受けるにすぎない』 として『特段の事情』があれば、憲法9条の直接適用があることを認めているわ。 |
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こくこく(相づち)。 | ||
そして、最後の争点については 『憲法9条は、人権規定と同様、国の基本的な法秩序を宣示した規定であるから、憲法より下位の法形式によるすべての法規の解釈適用に当たつて、その指導原理となりうるものであることはいうまでもないが、憲法9条は、前判示のように私法上の行為の効力を直接規律することを目的とした規定ではないから、自衛隊基地の建設という目的ないし動機が直接憲法9条の趣旨に適合するか否かを判断することによつて、本件売買契約が公序良俗違反として無効となるか否かを決すべきではないのであつて、自衛隊基地の建設を目的ないし動機として締結された本件売買契約を全体的に観察して私法的な価値秩序のもとにおいてその効力を否定すべきほどの反社会性を有するか否かを判断することによつて、初めて公序良俗違反として無効となるか否かを決することができるものといわなければならない。 すなわち、憲法9条の宣明する国際平和主義、戦争の放棄、戦力の不保持などの国家の統治活動に対する規範は、私法的な価値秩序とは本来関係のない優れて公法的な性格を有する規範であるから、私法的な価値秩序において、右規範がそのままの内容で民法90条にいう「公ノ秩序」の内容を形成し、それに反する私法上の行為の効力を一律に否定する法的作用を営むということはないのであつて、右の規範は、私法的な価値秩序のもとで確立された私的自治の原則、契約における信義則、取引の安全等の私法上の規範によつて相対化され、民法90条にいう「公ノ秩序」の内容の一部を形成するのであり、したがつて私法的な価値秩序のもとにおいて、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの認識が、社会の一般的な観念として確立しているか否かが、私法上の行為の効力の有無を判断する基準になるものというべきである。』 『そこで、自衛隊基地の建設という目的ないし動機が右に述べた意義及び程度において反社会性を有するか否かについて判断するに、自衛隊法及び防衛庁設置法は、昭和29年6月憲法9条の有する意義及び内容について自衛のための措置やそのための実力組織の保持は禁止されないとの解釈のもとで制定された法律であつて、自衛隊は、右のような法律に基づいて設置された組織であるところ、本件売買契約が締結された昭和33年当時、私法的な価値秩序のもとにおいては、自衛隊のために国と私人との間で、売買契約その他の私法上の契約を締結することは、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの認識が、社会の一般的な観念として確立していたということはできない。 したがつて、自衛隊の基地建設を目的ないし動機として締結された本件売買契約が、その私法上の契約としての効力を否定されるような行為であつたとはいえない。 また、上告人らが平和主義ないし平和的生存権として主張する平和とは理念ないし目的としての抽象的概念であるから、憲法9条をはなれてこれとは別に、民法90条にいう「公ノ秩序」の内容の一部を形成することはなく、したがつて私法上の行為の効力の判断基準とはならないものというべきである。』 ここでは、実は憲法の人権の私人間効力で検討する判例である三菱樹脂事件に近い規範が立てられているわ。 ということは、私人間効力に近い処理をしている、とも考えられるところではあるけれど、そもそも「私人対国家」という関係にあるのだから、私人間効力ではないわよね。 まぁ、このあたりの議論は、まだ前提となる理解が欠けているから、今の時点では聞き流してくれていいわ。 |
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だったら言うな、とマヂレス。 | ||
憲法の人権の勉強を終えている人なら、分かる話だからね。 ね? つかさちゃん。チイちゃん。 |
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ソレを言われるのでしたら、藤さんは、竹中さんの視点を大事にされての御発言ですから、勿論、百も承知の話だと思いますよ? | ||
ですって。 | ||
「富士山」は、百も承知・・・。 うんうん。 悠久の時を日ノ本の大地と共に過ごしてきた、かの山は、人の営みを全て見てきているだろうからね。 きっと全部ワカッていると、あたしも思うよ。 |
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え? ちょ、ちょっと藤さんの仰っていることが、よく分からないのですけれど、えーっと、百も承知ということについては、そうみたいですね。 |
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つかさちゃん、今の返しで納得しちゃっていいの? そうそう。 因みに、この百里基地訴訟では、伊藤正己裁判官の補足意見が非常に参考になるわ。 また、憲法の人権の勉強の際に読み込む機会もあると思うけれど、間接適用説に関する議論として、ステート・アクションの法理について言及してみえるわね。 少し難しい考え方だから、今は参考という位置づけとして全文掲載したページを、別途設けておくから、興味があれば見ておくって形での紹介にさせてもらうわね。 伊藤正己裁判官補足意見(『ステート・アクションの法理』) |