最大判昭和38年6月26日 ~奈良県ため池条例事件~ |
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この判例は、多分、行政法の勉強会で検討することになると思うから、ここでの検討は必要最低限なものにするわね。 それじゃ配役を言うわね。 奈良県を、つかさちゃん。 条例違反で起訴された農夫の方々を、サルとチイちゃん。 ナレーターを私が務めるわね。 |
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ナレーター |
昭和20年代。 奈良県には、1万3千を超える灌がい用貯水池(いわゆる、ため池)が存在しました。 しかし、奈良県だけではなく、他の都道府県においても、このため池の決壊等による災害が複数発生していました。 |
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奈良県 |
ため池の災害防止の必要から、我が奈良県では「ため池の保全に関する条例」を制定することにします。 (昭和29年) 本条例は、ため池の破損・決壊等による災害を未然に防止するため、ため池の管理に必要な事項を定めることを目的(1条)とします。 そして、この目的達成のために必要な事項として、ため池の堤とうに、竹林若しくは農作物を植えたり、建物その他の工作物を設置する行為や、ため池の破損または決壊の原因となるような行為については禁止(4条2号、3号)し、これに違反する者に対しては3万円以下の罰金に処する(9条)こととします。 |
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ナレーター |
さて。 奈良県下のため池の一つに「唐子池」というため池がありました。 この唐子池の堤とうは、近隣農民の総有となっていました。 (※ 総有については、民法物権法の所有権⑥勉強会を参照) |
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なんか、新しい条例が出たお。 | 農夫の方 |
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どうしよっか。 ため池(=唐子池)の堤とうで、農作物を植えたりしちゃダメってことみたいだけど。 |
農夫の方 |
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近隣の農家の人も、もう堤とうでは耕作はしないってことらしいお。 でも、そんなの関係ないお! あたしらは、爺ちゃんや、父ちゃんの代から、あのため池の堤とうを使って、お茶や大豆を栽培してきてんだお! この溢れんばかりの農家魂は、条例ごときでは止められねぇーんだお! |
農夫の方 |
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オネーちゃん、かっこいぃぃぃーーっ!! | 農夫の方 |
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ナレーター |
かくして、サルら3名の農夫は、耕作を続けたのでした。 | |
奈良県 |
ため池の堤とうを利用しての農作物の栽培は条例違反です。 本件条例4条2号違反で起訴しますからね! |
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な、な、なんやとぉぉぉぉっ!! お、お、おいっ!! なんか言うたれやっ!! |
農夫の方 |
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任せてよ!! この奈良県の条例は、憲法違反なんだよ!! 憲法29条は財産権を保障しているのに、この条例は、チイ達の権利(=財産権)を侵害するものだよ! そもそも、憲法29条2項は 『財産権の内容は』『法律でこれを定める』 っていってるのに、条例で、チイ達の財産権を侵害するなんて許されないんだよ! えーっと、あとは、そうだ!! 憲法29条3項は 『私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる』 と定めているんだから、チイ達から、ため池の堤とうでの耕作を認めないっていうのなら、その損失補償をしないなんて認められないことなんだよぉ! |
農夫の方 |
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えーーっと、よくワカラナイけど、なんかソレっぽいから、そうだ、そうだ!! | 農夫の方 |
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そこまでで、いいわ。 | ||
コレは、実家が農家の木下姉妹としては黙っていられない事案だね! 父祖の代からやってきた耕作を、条例によって奪おうなんて許されない話だお!! |
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お気持ちはわかりますが、本件条例はため池の決壊等の災害を防止するためのものですからねぇ。 | ||
そうね。 本件の争点については、チイちゃんが最後に主張している内容になるわね。 冒頭で述べたように、この判例は行政法の勉強会で、また根拠となる条例を明示して、検討したいって思っているから、ここでは憲法上の争点を判決文から読み取ることに専念して欲しいわ。 |
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こくこく(相づち)。 | ||
それじゃ、判決文を見ることにするわね。 『本条例4条は、ため池の破損、決かい等による災害を防止し、地方公共の秩序を維持し、住民および滞在者の安全を保持するために、ため池に関し、ため池の破損、決かいの原因となるような同条所定の行為をすることを禁止し、これに違反した者は同9条により処罰することとしたものであつて、結局本条例は、奈良県が地方公共団体の条例制定権に基づき、公共の福祉を保持するため、いわゆる行政事務条例として地方自治法2条2項、14条1項、2項、5項により制定したものであることが認められる。 また、本条例3条によれば、国または地方公共団体が管理するため池には同5条ないし8条は適用しないが、しからざるため池には、ひろく本条例が適用されることとなつているから、本条例は、地方自治法2条3項1号、2号の事務に関するものと認められるところ、原判決の認定したところによれば、本件唐古池と称するため池は、周囲の堤とう6反4畝28歩と共に、登記簿上は、奈良県磯城郡田原本町大字唐古居住の松川富雄、上島武雄両名の所有名義となつているが、実質上は、同大字居住農家の共有ないし総有とみるべきもので、その貯水は、同大字の耕地のかんがいの用に供され、受益農地面積は、30町歩以上に及び、その管理は、同大字の総代が当つているもので、周囲の堤とうは、同大字居住者約27名において、父祖の代から引き続いて竹、果樹、茶の木その他農作物の栽培に使用し、被告人らもまた同様であつたが、本条例の施行により、被告人らを除く他の者は、任意に栽培を中止したことが認められるというのである。 しからば本件ため池は、国または地方公共団体が自ら管理するものでないことが明らかであるから、本条例は、本件に関する限り、地方自治法2条3項1号の事務に関するものであり、また、ため池の破損、決かい等による災害の防止を目的としているから、同法2条3項8号の事務に関するものである(原判決が、本件に関し、本条例を同法2条3項2号の事務に関するものとし、これを前提として本条例の違憲、違法をいう点は、前提において誤つている。)。 なお、本条例4条各号は、同条項所定の行為をすることを禁止するものであつて、直接には不作為を命ずる規定であるが、同条2号は、ため池の堤とうの使用に関し制限を加えているから、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者に対しては、その使用を殆んど全面的に禁止することとなり、同条項は、結局右財産上の権利に著しい制限を加えるものであるといわなければならない。 しかし、その制限の内容たるや、立法者が科学的根拠に基づき、ため池の破損、決かいを招く原因となるものと判断した、ため池の堤とうに竹木若しくは農作物を植え、または建物その他の工作物(ため池の保全上必要な工作物を除く)を設置する行為を禁止することであり、そして、このような禁止規定の設けられた所以のものは、本条例1条にも示されているとおり、ため池の破損、決かい等による災害を未然に防止するにあると認められることは、すでに説示したとおりであつて、本条例4条2号の禁止規定は、堤とうを使用する財産上の権利を有する者であると否とを問わず、何人に対しても適用される。 ただ、ため池の提とうを使用する財産上の権利を有する者は、本条例1条の示す目的のため、その財産権の行使を殆んど全面的に禁止されることになるが、それは災害を未然に防止するという社会生活上の已むを得ない必要から来ることであつて、ため池の提とうを使用する財産上の権利を有する者は何人も、公共の福祉のため、当然これを受忍しなければならない責務を負うというべきである。 すなわち、ため池の破損、決かいの原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法でも、民法でも適法な財産権の行使として保障されていないものであつて、憲法、民法の保障する財産権の行使の埓外(らちがい)にあるものというべく、従つて、これらの行為を条例をもつて禁止、処罰しても憲法および法律に牴触またはこれを逸脱するものとはいえないし、また右条項に規定するような事項を、既に規定していると認むべき法令は存在していないのであるから、これを条例で定めたからといつて、違憲または違法の点は認められない。』 『なお、事柄によつては、特定または若干の地方公共団体の特殊な事情により、国において法律で一律に定めることが困難または不適当なことがあり、その地方公共団体ごとに、その条例定めることが、容易且つ適切なことがある。 本件のような、ため池の保全の問題は、まさにこの場合に該当するというべきである。 それ故、本条例は、憲法29条2項に違反して条例をもつては規定し得ない事項を規定したものではなく、これと異なる判断をした原判決は、憲法の右条項の解釈を誤つた違法があるといわなければならない。 次に、原判決は、条例をもつて権利の行使を強制的に制限または停止するについては、権利者の損失を補償すべきであるにかかわらず、本件において補償を与えた形跡が存在しないことも本条例を被告人らに適用し難い一理由としているのであるが、さきに説示したとおり、本条例は、災害を防止し公共の福祉を保持するためのものであり、その4条2号は、ため池の堤とうを使用する財産上の権利の行使を著しく制限するものではあるが、結局それは、災害を防止し公共の福祉を保持する上に社会生活上已むを得ないものであり、そのような制約は、ため池の堤とうを使用し得る財産権を有する者が当然受忍しなければならない責務というべきものであつて、憲法29条3項の損失補償はこれを必要としないと解するのが相当である。』 と、しているわね。 まぁ、詳しい判例検討は、行政法の勉強会でってことに、しておこうかしら。 |
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あ、ちょっと待って、光おねーちゃん! この判決文は 『ため池の破損、決かいの原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法でも、民法でも適法な財産権の行使として保障されていないものであつて、憲法、民法の保障する財産権の行使の埓外(らちがい)にあるものというべく、従つて、これらの行為を条例をもつて禁止、処罰しても憲法および法律に牴触またはこれを逸脱するものとはいえないし、また右条項に規定するような事項を、既に規定していると認むべき法令は存在していないのであるから、これを条例で定めたからといつて、違憲または違法の点は認められない。』 って、いってるよね。 つまり、コレって、チイ達がため池の堤とうを使用する行為は、憲法29条にいう『財産権』としては保障されていないものと評価しているわけでしょ? だったら、条例によって憲法上保障される『財産権』の内容を定めてもいいのか? という問題以前の話になっていない? |
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そうね。 本判決は、今、チイちゃんが指摘してくれたように、争点そのものへの判断をしていない、とみることも出来るわ。 ただ、判決文では 『なお、事柄によつては、特定または若干の地方公共団体の特殊な事情により、国において法律で一律に定めることが困難または不適当なことがあり、その地方公共団体ごとに、その条例定めることが、容易且つ適切なことがある。 本件のような、ため池の保全の問題は、まさにこの場合に該当するというべきである。 それ故、本条例は、憲法29条2項に違反して条例をもつては規定し得ない事項を規定したものではなく』 と述べているわよね。 ここから、判例は、条例によって憲法上保障される『財産権』の内容を定めることを肯定している、と捉えることも出来なくはないと思うわ。 |
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あ、ホントだね。 言われてみると、そうとも読めるよね。 |
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あ、そうそう。 チイちゃんが、事案再現の中で主張してくれた損失補償の問題については、損失補償を行政法の勉強会で学ぶことになるから、その際に、また改めて検討するってことにさせてもらうわね。 ここで、損失補償にまで説明を加えちゃうと肝心の今日の論点の勉強から外れちゃうしね。 |
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出た!! やるやる詐欺っ!!! |
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ちょっとっ!! なんて言い方してくれるのよ!! まぁ、確かに歩みの遅いことは認めるけれども、ちゃんと一歩一歩でも前に進んではいるじゃないのよ。 |
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まぁ『千里の道も一歩から』って言うしね。 | ||
そういうこと! たまには、いいこと言うじゃないの。 |
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しかし、あたしは『三歩進んで二歩戻る』から、さらに歩みが遅いのであった、まる | ||
・・・。 (・・・藤先輩は、二歩戻った上に、さらに、そこで遊んでいそうな気がするです。) |