緊急避難 個別的問題
それじゃ、緊急避難成立要件が把握できたと思うから、今日は緊急避難個別的問題をみることにするわね。
少し見ないといけない論点は多いけれど、頑張って今日だけで終わらせちゃいましょうね! 

それじゃ、恒例の条文確認からね。
刑法37条1項を見てくれる?
刑法第37条
『(緊急避難) 第37条
1項 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
ほけぇ〜。
まぁ、木下さん、今日は大人しいんですのね。 
ん?
焼肉ゴチってくれるなら、ガンバルお?
あんた、この前の焼肉屋で幾ら食べたと思っているのよ。
親の仇みたいに食べてくれちゃって・・・。
今度、あんたを焼肉屋に連れていくときは、食べ放題のお店にしないとねって、痛感させられちゃったわよ!

はい。
まずは緊急避難個別的問題の1つ目は、自招危難ね。
自招危難とは、避難者自らが危難を招いたことをいうのね。

このような場合に緊急避難が認められるか否かについては学説の争いがあるところなのね。

肯定説は、成立要件を満たせば緊急避難が成立する、とするわ。
否定説は、自らが招いた危険は『危難』にあたらない、として緊急避難の成立を認めないわね。

そして、折衷説形式的二分説は、故意により招来した危難については緊急避難の成立を否定し、過失により招来した危難については緊急避難の成立を肯定する、とするわ。

さらに、個別化説実質的二分説(=社会的相当性説)は、形式的に要件を満たしていても、社会的相当性を欠く場合には、緊急避難の成立を否定する、とするわ。

では、判例は、この問題をどのように取り扱っているのか、ってことよね。
ちょっとっ! 木下さん、ちゃんと聞いててくれているの?
聞いてる、聞いてる。
次は、食べ放題のお店に連れてってくれるんだおね?
次があれば・・・の話だけどね。
あんた、そんな態度で次があるとでも思っているわけ?
おめでたいわね・・・。

この自招危難を扱った判例百選にも掲載されているわね。
百選T 31事件大判大正13年12月12日)が、そうね。
大審院判決文は、旧仮名遣いで読み辛いから見たくないです!
って、チビっ子が言ってるんだけど。
  嘘です、嘘です!
私、そんなこと言ってないです! 
大丈夫よ、ナカちゃん。
このサルだけは・・・ホントに、もう・・・。

それじゃ、質問の形で判例を紹介することにするわね。

サルが、前方を注視せずに乗用車を運転していたところ、私にぶつかりそうになってしまったの。
そのことに気付いたサルは、私のそばにナカちゃんが立っていることを認識していたんだけど、やむを得ずにハンドルをきって、乗用車をナカちゃんに衝突させて、ナカちゃんを死なせてしまったの。
この質問の事案において、私の生命を守るためには、他にとるべき手段がなかったことを前提に、緊急避難が成立するかを考えてみてくれる?
大判大正13年12月12日をベースとした事案)
明智先輩の生命を救うためには、藤先輩が運転する車のハンドルを切らなければならなかったという前提の話なら、補充性の要件は満たすと言えそうです・・・。
そして、侵害利益が私の生命、保全利益が明智先輩の生命、というのなら法益権衡も満たされてる気がするです・・・。
そうなると、緊急避難の成立要件は満たされているので、緊急避難が認められる、ということになるのでしょうか?
そうですね。
先程、光ちゃんが紹介された学説のうち、肯定説
ないしは、過失(=前方不注意の運転)により招来した危難については緊急避難の成立を肯定する折衷説形式的二分説だと、緊急避難の成立が認められるという結論もありえるかと思います。 
そうね、学説の立場から、緊急避難の成立を論じることもできるわよね。

ただ、判例はそのような考え方はとっていないのよね。

確かに、ナカちゃんが検討してくれたように形式的には、緊急避難の成立要件を満たしているとも考えられるわ。
でも、本件事案では、サルの前方不注意の運転という過失行為が原因で『危難』が生じているわけよね。
大審院は、このような避難行為自体が、社会的相当性を欠き、実質的に違法性を有するときには、緊急避難の成立を認めることは社会的に是認されない、という、いわば大上段の議論から、緊急避難の成立を否定しているのよね。

この大審院の立場は、学説でいうところの個別化説実質的二分説(=社会的相当性説)と親和的な考え方といえるわよね。
正直、運転手役を、あたしにした時点で、どうせ緊急避難は成立しねぇーんだろうなぁ、って思ってたお。
捻りが足りないんだお。
検討もせずに、なんで、そんなに偉そうな態度なのよ、あんたは。

過失行為による緊急避難については、過失行為による正当防衛と同様に、避難の意思の内容を緩和して理解すれば、過失行為による避難行為にも避難の意思が認められるとされているわね。 
  ふぅ〜ん。
・・・・(ぶん殴ってやろうかしら。)。
ハッ!
私ったら、思わずなんてことを。
少し落ち着きを取り戻さないと・・・。

緊急避難の個別的問題として、強要による緊急避難という問題があるのね。
コレはちょっと、質問させてもらうわね。
教室事案として有名な事案だと思うけれど。

質問


子供を誘拐された父親が、誘拐犯に「お前の子供を殺されたくなければ、銀行強盗をしろ」と強要されて実行した場合に、緊急避難は成立すると思う?
あうあうあうあうあう。
ソレは、どうしたらいいのかすっごく難しい問題です!
自招危難とも違いますし、避難者に過失があるわけでもないのですから、緊急避難を認めてあげてもいいと思うです。 
うーん、でも襲われた銀行にしてみれば強盗されて、緊急避難だから仕方ないだろ!、じゃ納得いかない気もするんじゃない? 
学説は、この問題について緊急避難の成立を肯定するもの、否定するもの、どちらもあるのよね。

肯定説は、第三者は防衛的緊急避難により対抗できるので、補充性と法益権衡を厳格に判断すれば第三者の利益が害されない、とすることから緊急避難の成立を認めるわね。

否定説は、損害が転嫁される第三者(事案の銀行)の正当防衛権を認めるべきであり、行為者には期待可能性の不存在による責任阻却が認められるに過ぎない、として緊急避難の成立を否定するのよね。

で。
判例は、どう取り扱うのかは気になるところよね? 
  べっつにぃ〜。 
こ、こ、このサルはぁ〜。

少し生々しい事件だから、判例検討ではなくって、判例紹介という形にさせてもらうわね。
オウム真理教元信者リンチ殺害事件落田さん殺害事件とも呼ばれる)を、この問題を考える事例にしようと思うわ。
東京地判平成8年6月26日

事案は、すごくザックリとした説明にさせてもらうわ。
興味があるなら、詳しい経緯はwikiでも確認できるしね。 

自己の生命に危害が及ぶ状況において、教祖の指示により被害者を殺害した場合において、緊急避難が成立するか?

というのが、この事件の争点なのね。
あうあうあうあうあうあう。
銀行強盗の事案よりも、さらに深刻な状況になっているです!
で、で、でも、コレは「カルネアデスの板」の寓話と似たような事案に思えるです。
被害者となった方を殺害しなければ、自分が殺される、という切羽詰った状況なんですから、緊急避難の成立が認められないというのは厳しいように思えるです。 
そうですね、竹中さんのように考えることもできなくはないと思います。
ただ、東京地裁は、次のような判断を示したんですよね。

緊急避難における現在の危難とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫っていることをいうのであり、近い将来侵害を加えられる蓋然性が高かったとしても、それだけでは侵害が間近に押し迫っているとはいえない。
 また、本件のように、生命対生命という緊急避難の場合には、その成立要件について、より厳格な解釈をする必要があるというべきである


として、

被告人があくまでも被害者の殺害を拒否し続けた場合には、被告人自身が殺害された可能性も否定できないが、被告人が被害者殺害を決意し、その実行に及ぶ時点では、被告人は、教祖から口頭で被害者を殺害するように説得されていたに過ぎず、被告人の生命に対する差し迫った危険があったとは認められないし、また、仮に被告人が被害者殺害を拒否しても、ただちに被告人が殺害されるという具体的な危険性も高かったとは認められないのであるから、被告人の生命に対する現在の危難は存在しなかった

と判断しているのですよね。
ただ、生命に対する『現在の危難』については否定しているのですが、身体の自由に対する『現在の危難』については肯定しているんです。
東京地裁は、次のように続けています。

被告人は、教祖の意思によって身体の拘束をとかれる以外に監禁状態から脱するすべはなく、教祖の意思によって身体の拘束を解かれるためには、被害者を殺害しなければならないということに帰するのであって、結局、被告人が身体拘束状態から解放されるためには、被害者を殺害するという方法しかとり得る方法がなかった

としています。
つまり、これは補充性の要件を満たすことを述べているわけですね。
そして、避難行為の相当性も肯定したのですが

右のような状況においては、たとえ被害者の殺害が被告人の身体の拘束を解く条件であったとしても、被告人としては、これを拒否するなどして被害者殺害を回避しようとすること、あるいは、教祖に対して被害者の助命を嘆願し、翻意を促すなど、その場で被害者を殺害しないでも済むような努力をすることができたと考えられ、被告人に対し、被害者殺害行為に出ないことを期待することは可能であった認められるし、被告人の立場を一般通常人に置き換えても、本件の具体的状況の下では、被害者殺害行為に出ないことを期待することは可能であった

として、緊急避難の成立を否定し、過剰避難としたんですね。
あうあうあうあうあう・・・。
き、き、厳しいです・・・。
でも、被害者の方の生命侵害を、緊急避難の成立によって違法性阻却するというのも難しいとは思うです・・・。
なんとも悩ましい問題です・・・。 
ただ、東京地裁も有罪判決ではあるものの執行猶予付きの判決だったことを思えば、穏当な判決と言えますけどね。
な、成程です・・・。
過剰避難の成立はいいんだけどさぁ。
まだ肝心の過剰避難は、やってないよね?
あ、じゃあ、この流れで過剰避難やっちゃう? 
ソレは過剰だから、勉強会から避難させてもらうお。 
過剰避難の意味違うしぃ〜。
っていうか、あんた露骨に手ぇ抜くの、やめなさいよ! 
バーンアウト(燃え尽き症候群)だお。
コレは、致し方ないことだお。
焼肉を御馳走してもらっておいて、燃え尽き症候群なんて許されないです・・・。
 バーンアウトは一般に努力に対して成果・報酬が得られなかったことに起因する徒労感、欲求不満をいうため、対価報酬として焼肉を御馳走になった以上、この言い訳は微妙ですよね。)

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