誤想過剰防衛 | ||
前回の勉強会のテーマは、過剰防衛と、誤想防衛だったわよね。 今日の勉強会では、この両者の理解を前提として誤想過剰防衛について学ぶわね。 事例問題として、よく問題として出されるところだから、少し丁寧に説明したいと思っているわ。 じゃあ、もう見飽きているかもだけど、六法で刑法36条を見てくれる? |
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刑法第36条。 『(正当防衛)第36条 1項 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。 2項 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。』 |
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それじゃ、まずは誤想過剰防衛の意義から話すわね。 誤想過剰防衛とは、『急迫不正の侵害』がないのに、これをあると誤信して、防衛行為を行ったが、この防衛行為が過剰だった場合をいうわ。 |
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成程・・・。 ありもしない『急迫不正の侵害』をあると勘違いした上に、さらに、妥当な対応ではなく、やり過ぎな対応をしてしまった・・・と。 やってもぉーたが、2つもあるわけだね。 |
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まぁ、そうね。 この誤想過剰防衛には2パターンがあるのね。 1つは、過剰性の認識がある「故意の誤想過剰防衛」 (狭義の誤想過剰防衛) もう1つは、過剰性の認識がない「過失の誤想過剰防衛」 (二重の誤想防衛) の2パターンなの。 |
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ん? どういう違いがあるんだお? |
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学説には、故意犯説、過失犯説などもあるんだけれど、ここでは、通説である二分説による理解を説明させてもらうわね。 二分説によれば、過剰事実(過剰性)についての認識のある場合には、規範に直面しているといえることから故意非難をなしうるので故意を阻却しないと考えるわけ。 他方、過剰事実についての認識のない場合には、規範に直面しえないため故意を阻却することとなるわ。 故意犯が成立する場合には、36条2項に関する違法減少説からは客観的な違法減少が認められないので、同項の準用が否定され、責任減少説からは準用が肯定されるわ。 そして、前回通説的理解として説明した違法・責任減少説からは、準用は認めるものの刑の免除までは認めない、とする見解が有力ね。 |
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む、む、難しい。 えーっと、つまり? |
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まぁ、ザックリまとめちゃうと、誤想過剰防衛の事案において検討すべき論点は、次の2点ってことね。 まず @故意はあるのか? (過剰性の認識の有無→二分説による検討) 次に A36条2項の適用(ないし準用)はあるのか? (自身の立場とする学説から、適用ないし準用の肯否を検討) ということになるわね。 |
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論点として言及したい点は、そうなりますね。 @については 過剰性の認識があれば、過剰防衛という違法な事実の認識があることから責任の認識もあるわけですから、故意犯成立。 過剰性の認識がなければ、正当防衛という適法な事実の認識でいたことから、故意犯不成立。 ということですものね。 |
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そういうことよね。 さてさて。 ここで、いつもなら判例検討ってことなんだけど。 今日扱う論点は、誤想過剰防衛だけだし、このままの流れで、判例を見ることにしちゃいましょうか。 扱う判例は、事件当時マスコミでも話題になった英国騎士道事件にしようと思うわ。 (最決昭和62年3月26日 百選T 28事件) |
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うひょっ! なんか格好いい名前だお!! 妙にワクワク感漂ってくる事件名だお!! |
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名前の響きはいいんだけれど、事件自体は、ちょっと同情したくなっちゃうようなものなのよね・・・。 ただ事案自体は説明で済むと思うから、事案再現は省略させてもらうわね。 事案を説明すると・・・。 被告人となったのは、空手3段の英国人なのね。 彼は夜間帰宅中に、日本人の男が酒に酔った女性を介抱しているのを見たわけね。でも被告人は、その際、暴れた女性がシャッターにぶつかって尻餅をつく姿を、男が女性を攻撃しているものだと誤解して、これを助けようと男と女性のもとへ向かったの。 そしたら、その女性が酒のせいもあったのか、ふざけて 「ヘルプミー、ヘルプミー」って、被告人に言ってきたわけ。 コレはなんとかしないと・・・と思って、両手を前に出して男に近づいたところ、相手の男がまるでボクシングのファイティングポーズのような姿勢をとってきたのね。 被告人となった英国人は、これは自分に殴りかかって来る、と誤信し、自分と彼女を守るために、咄嗟に相手の男の顔面付近を狙って、空手技の回し蹴りを放ったの。 有段者の回し蹴りが、相手の男の右顔面付近に炸裂! 男は、その衝撃でアスファルトの路上に転倒し、頭蓋骨骨折等の傷害を負い、その怪我がもとで8日後に死亡したわ。 さあ、この事件の男の罪責を、一緒に考えてみましょうか。 |
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うーん・・・この事件で、一番悪いのは、この酔っ払い女性じゃないのかな? なんで「ヘルプミー」なんて誤解を招くこと言ったかなぁ? |
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藤さんの御指摘には異論のないところですけれど、考えるのは、被告人の英国人男性の罪責ですから。 この女性の問題は置いておいていいかと。 |
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私は誤想防衛が成立すると思うです。 確かに、『急迫不正の侵害』はなかったわけですが、英国人男性のとった行為は、防衛行為としては相当な行為だと思うです。 ボクシングポーズを構えた相手に対して、彼女を助けるため(+自らの身を守るため)に素手で防衛行為をとっているからです。 防衛行為について過剰性の認識はなかったといえるです。 英国人男性は、正当防衛だと思っていたことから故意阻却が認められたとして、次は過失の有無が問題になるわけですが、夜間の帰宅中の出来事ですから、相手の男が女性を介抱しているかどうかは、少しワカラなかったことは仕方がないと思うです。 そこにシャッターに当たる音や、女性の尻餅を見て、騒ぎかと思って現場に行ったら、その女性から「ヘルプミー」と言われたんです。 助けが必要な状況だと思うことは無理もないです。 ですから、過失もないと思うです。 亡くなられた相手の男性には気の毒だと思うですが、英国人の男性は無罪になると思いますです! |
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いやいやいや、回し蹴りが相当な防衛行為になるかな? 武器対等の原則は、形式的に考えるんじゃなくって、実質的に考えないとダメでしょ。 英国人男性は、空手3段なんでしょ? ぶっちゃけ、マーズランキングでも空手家の小町小吉は、ボクサーの鬼塚慶次よりも上位なんだよ? (TERRA FORMARS) チビっ子は、空手を過小評価してんじゃないの? |
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でも、相手をボクサーだと思って、その上で素手で防衛行為をとっているんですから、相当性の範囲にあると私は思うです。 ソレに空手を過小評価しているのは、藤先輩だと思うです。 空手の有段者ともなれば、威力をコントロールすることもできるです! |
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そうですね。 確かに、この事件の一審では、空手の回し蹴りを使用してはいるものの、被告人の回し蹴りは、防衛の程度を超えるものではなかったと認められていますよね。 そして、誤想についての過失もなかったということから、被告人は無罪とされています。 |
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そうです、そうです! 私も、そう考えるです! |
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防衛手段として相当性が認められるには、必要最小限度の行為である必要があるわけでしょ? だったら、回し蹴りじゃなくってもいいじゃない。 正拳突きとかも空手の技にはあったと思うよ? よしんば、回し蹴りにするにしたって、ナニも顔面狙うようなハイキックにせんでも、ええやないの。 ミドルキックや、ローキックだってあるわけだしさぁ。 |
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そうですね。 本件でも、被告人が『急迫不正の侵害』があるものと誤信したことについては特に争われてはいないんですよね。 争点は、もっぱら防衛行為が相当性を有するものであったか否か、というところなんですよね。 |
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となると、やっぱり一撃で、相手をアスファルトに沈め、なおかつ、頭蓋骨骨折に至るような怪我をさせた行為が、防衛行為として相当な行為であったとは言い難いと、あたしは思うんだよねぇ。 | ||
頭蓋骨骨折自体は、回し蹴りから直接生じたものではなく、回し蹴りを受けた相手男性が、そのまま地面に後頭部から転倒したために生じたものなんですけどね。 | ||
いや、別にそうだとしても、回し蹴りによるものという結論は変わらないから。 逆に、一撃で相手が後頭部から、地面に頭蓋骨骨折するような勢いで倒れるような回し蹴りの威力のほーが怖いよ! |
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あうあうあうあうあうあうあう。 なんだか聞いていたら、すっごい怖い技に聞こえてきてしまったです! |
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事実、二審以降では、被告人の回し蹴りについて、空手の技の中でも危険な技であったこと、また、その技の狙った箇所が顔面付近であったこと、さらには、命中の際に足のどの部位を使用して相手に当てたのか等々、細かく検討し、正当防衛の手段としての相当性を欠く行為であったと認定しているんですよね。 | ||
うん? ということは・・・だよ? 被告人の回し蹴りが相当性を欠く行為であったってことは、回し蹴りを使用して、頭部付近を狙った被告人には過剰性の認識があったということになるんじゃね? |
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あうあうあうあうあう。ま、ま、待って欲しいです! 二分説によれば、過剰事実(過剰性)についての認識のある場合には、規範に直面しているといえることから故意非難をなしうるので故意を阻却しないことになってしまうです!! |
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故意犯なんだ・・・。 ・・・となると、コレ、殺人罪(刑法199条)なわけ? |
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藤さん、藤さん。 行き過ぎです。 被告人には、殺人の故意はなかったのですから、殺人罪は有り得ないと思います。 |
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あ、そっか・・・。 えーっと、各論やってないから、ちょっと微妙なんだけど・・・。 そうなると、傷害致死罪(刑法205条)ってことになる? のかな? そうなのかな? |
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あうあうあうあう。 刑法205条。 『(傷害致死) 第205条 身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、3年以上の有期懲役に処する。』 と、なっているです。 一審の無罪とは大違いになってしまうです! |
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竹中さん、竹中さん。 結論を急ぎすぎです。 誤想過剰防衛の際に、検討すべき論点はもう1つありましたよね? |
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ふえ? |
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あ、そかそか。 ココで、36条2項を適用ないし準用するか、という話がくるわけね。 じゃあまぁ、違法・責任減少説の立場から、準用は認めるものの刑の免除までは認めない、って結論で、ファイナルアンサー。 |
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ここで、36条2項を直接適用するのではなく、準用としている理由ですが、最高裁はその理由については明示していないので、明らかではないですけれど、本件事件においても、現実には『急迫不正の侵害』はないわけですから、準用とするのが、まぁ自然ではないかと私も思いますね。 | ||
36条2項が準用されるということは、 『情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。』 ってことですよね? 私は、困っている人を助けに来て下さるような方が、罪に問われるなんて、あんまりだと思うです。 違法・責任減少説の考えをとられて、刑の免除までは認めない、というのなら、減軽はしっかりして欲しいです! |
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あ・・・あの、私にそう言われても、なんともしようがないのですけれどね。 竹中さんの気持ちは伝わりましたよ。 |
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うんうん。 議論が白熱していたみたいだったから、余計なこと言わないように黙って見ていたんだけど、しっかり結論まで出してくれていたわね。 最高裁は、本件事案について職権判断で次のように述べているのね。 『本件回し蹴り行為は、被告人が誤信した被害者男性による急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱していることが明らかであるとし、被告人の所為について傷害致死罪が成立し、いわゆる誤想過剰防衛に当たるとして刑法36条2項により刑を減軽した原審判断は、正当である。』 ってね。 |
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ウキっ! なんか、久し振りにめっちゃ頑張ったという気持ちになったお。 |
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あうあうあうあうあう。 まだ終わってもらっては困るです。 この英国人男性は、結局どうなったです? 刑を減軽、とありましたが、どんな量刑だったんですか? |
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一審の無罪とは違って、有罪判決にはなってしまったけれど、懲役1年6ヶ月、執行猶予3年という判決となっているわね。 | ||
あ・・・執行猶予がついたんですね・・・。 亡くなられた相手の男性には気の毒ですが、少し安心したです。 |
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あ、じゃあ、あたしも質問、質問! 事件名が、英国騎士道事件だったのに、結局、騎士は登場しなかったんだけど、なんでこんな事件名なの? |
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相変わらず、どうでもいい質問しかしないのね・・・あんた。 被告人のイギリス人男性が、騎士道精神に則って女性を助けに向かったことから、この名前がついているみたいよ。 まぁ、誤想過剰防衛だったことから、勘違い騎士道事件という名前でも呼ばれることもあるみたいだけどね。 |
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成程。 謎が解けて、スッキリだお。 |
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よかったわね。 でも今日の勉強会は、いつになくサルも真面目に取り組んでいて、実りある勉強会になったと思うわ。 そうね。 それじゃ次からは緊急避難ってことで区切りもついたし、今日は、ご飯でも一緒に行っちゃう? |
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うひょひょひょひょっ!! 肉、肉、焼肉行こうっ!! |
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藤さん、お肉大好きですものね。 | ||
オッケーっ! それじゃ今日は焼肉ってことで。 |
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ばんじゃーいっ! ばんじゃぁーーいっ!! |
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焼肉なんて久し振りです! | ||
ナカたんのお肉は、あたしが焼いてあげるね! | ||
ふ、ふ、藤先輩! いつになく、優しいです! |
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真っ黒になるまで焼けたレバーを、ひたすら取り皿にぶち込んでやるお。 | ||
ひぃぃぃぃぃぃぃっ!! | ||
ちょっとっ!! 聞こえているわよ!! そんな意地悪したら、モヤシ好きのあんたにはナムルしか食べさせないわよ!? |
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・・・冗談じゃまいか。 | ||
・・・藤先輩の冗談は、どこまで本気かワカラナイからダメですぅ。 |