最高裁平成17年7月4日第二小法廷決定 〜シャクティパット事件〜 |
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この事件は、登場人物が3人いるのよね。 それじゃ、配役言うから聞いてね。 私は1人2役するわ。 ナレーターと、被害者男性役ね。 サルは、シャクティ治療をした被告人役(=グル)ね。 ナカちゃんは、被害者男性の長男の役ね。 |
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ナレーター |
ライフスペースという宗教団体には、手の平で患者の患部を叩くことで自己治癒力を高めることができると主張する男(当該団体主宰=グルと自称)がいました。 男(=グル)は、この治療法をシャクティパットと名付け、自分は特別な能力を持つとして信者を集めていました。 |
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グル(被告人) |
ん? どうしました? |
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グル! 父が意識障害になったです! |
被害者男性の長男 |
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ふむ。 ソレはいけませんね。 |
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生命に別条はないと病院は言っていますが、後遺症が残るかも知れないそうです! グルなら、後遺症を残すことなく治せるはずです! |
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私なら可能でしょうね。 | ||
そこでグルにお願いです! 父を助けて下さい! |
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して・・・ 貴方のお父さんはドチラに? |
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今は意識障害で病院に入院中です! | ||
そうですか。 それならば、私の滞在するホテルまで貴方のお父さんを連れて来なさい。 |
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しかし、グル、医者の許可が得られないです! 父は重篤なので、ホテルに連れて行くことは、ちょっと無理です! |
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貴方のお父さんは今、非常に危険な状況にあります。 明日中に私の下に連れて来てもらえないというのであれば、助けることは出来ませんよ? |
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わ、わ、わかったです! 父を、グルの下に私が連れて行くです! |
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ナレーター |
男(=グル)は、退院がまだ無理であるとする主治医の警告や、被害者となった男性の長男らが、主治医の許可を得たいと思っていることを知りながら、点滴等の医療措置が必要な被害者男性を、自分の滞在するホテルにまで運び込ませるよう指示したのでした。 | |
グル! こちらが父です! 助けてあげて欲しいです! |
被害者男性の長男 |
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・・・・。 | 被害者男性 |
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グル(被告人) |
ふむ。 (あかん・・・ コレはアカんヤツや。 私のシャクティパットでは、なんともならんで・・・) |
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グルを信用して言うとおりにしたです! お願いするです! |
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ふむ。 貴方は下がっていなさい。 これから治療に入りますので。 |
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・・・・。 | ||
・・・。 (シャクティ治療はするけど、この患者は、生命維持装置なしではダメだろうな。 しかし、指示した手前、今更出来ないとは言えないしなぁ。) |
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ぱんぱんぱんぱんっ! ぱんぱんぱんぱんっ! (シャクティパット) |
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ぱんぱんぱんぱんっ! ぱんぱんぱんぱんっ! (以降3分経過・・・) |
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ナレーター |
・・・・いたたたたた・・・。 男は、生命維持のために必要な医療措置を受けさせないまま、シャクティパットを施した被害者男性を、その後約1日間放置しました。 その結果、被害者男性は、痰による気道閉塞による窒息を起こし死亡しました。 余談ではありますが、男はその後も、被害者男性の死体を何カ月も放置したために、発見されたときには、被害者男性の身体は真っ黒なミイラと化してしまっていたそうです。 当時のワイドショー等では、かなりセンセーショナルな話題となって騒がれたので、ひょっとしたらご存じな方もみえる事件かも知れないですね。 |
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・・・ちょっと! あんた、どんだけ叩くのよ! 見なさいよ! ココ、少し赤くなってるじゃないのよ! |
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シャクティパットだお! | ||
判例の事案を再現するんだから、事案が理解できる範囲で再現してくれればいいのよ! リアルに叩く必要なんかないわよ! |
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おお! あたしのシャクティパットによって、患者がここまで元気になったお! |
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お父さんです! 元気なお父さんです! |
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2人共いつまで役に入っているのよ! いたたたた・・・ 配役また失敗しちゃったかな・・・いたたたたた。 |
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まぁまぁ。 いつまでも瞳孔ガン開きしてないで判例検討しよ、しよ。 |
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ナニよ・・・珍しく積極的じゃないのよ。 あ、私が怒っているから、話題逸らせようとしてるんでしょ? でもまぁ、せっかく事案を再現したんだから記憶も新しいうちに、本件のポイント整理した方がいいわよね。 本決定は、不作為犯を勉強するにあたって最重要ともいえる判例なので、しっかり抑えておいてね。 本件では、実際に事案を再現してみて分かったかも知れないけれど、殺そうという意図をもって重篤な患者を連れ出しているわけじゃないのよね。被告人の男性も、被害者男性の長男も、助けようとしてホテルの部屋まで、被害者男性を運び込んで来ているのよね。 そんなわけで、本件のポイントはこうじゃないかな。 死亡する危険があることを認識しながら、必要な医療措置をとらずに放置したことが殺人罪にあたるか? よね。 |
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殺人罪かぁ・・・ 重たいなぁ・・・。 |
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私は、お父さんに後遺症が残らずに助かって欲しい一心だったです! グルを信じただけです! 私は悪くないです! |
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いやいや、ナカたんだって医者は許可していないのに重篤患者のお父さん連れ出しているわけだからね。 信じたんだから悪くないなんて主張は通らないんじゃないの? |
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あうあうあう・・・です! | ||
・・・。 (ふ〜ん。 元気だと、「あうあうあう」にまで語尾がつくんだぁ。) |
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本決定は、次のものね。 最高裁の判断は、次のとおりよ。 『被告人は、自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた上、患者が運び込まれたホテルにおいて、被告人を信奉する患者の親族から、重篤な患者に対する手当を全面的に委ねられた立場にあったものと認められる。 その際、被告人は、患者の重篤な状態を認識し、これを自らが救命できるとする根拠はなかったのであるから、直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。 それにもかかわらず、未必的な殺意をもって、上記医療措置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた被告人には、不作為による殺人罪が成立し、殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となると解するのが相当である。』 最高裁の本決定に、不真正不作為犯の成立要件をあてはめてみましょ。 @作為義務については、被告人自らの指示によって、重篤患者を滞在ホテルに連れ込んだことを、『自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた』として先行行為。 そして、被告人の滞在するホテルの客室に、被告人と被害者男性のみの状態にあったことを、『患者の親族から、重篤な患者に対する手当を全面的に委ねられた立場にあった』として排他的支配を根拠に認めているわね。 ここでも、多元説による理解が妥当すると言えそうよね。 A作為可能性については、『直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる』ことで、患者の生命維持が可能であったとして認めているわね。 したがって、作為義務、作為可能性があったにも関わらず、重篤患者に必要な医療措置を講ずることなく放置した被告人の不作為は、その不作為と死亡という結果の刑法上の因果関係を肯定するに足るものといえるわね。 判断枠組みの流れとしては、先行行為と排他的支配を根拠として作為義務を肯定していることから先に検討したラブホテルでの覚せい剤事案と似ていると言えるわよね。 |
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コレ、医者の許可も得ずに重篤の患者を病院から連れ出しているんだよね? あたしだったら、そんな指示した行為に作為犯の殺人罪を認めてもいいって思うんだけどダメかな? |
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まだ各論の勉強していないし、故意についても勉強していないから、ちょっと議論の前提を欠いている気はしなくもないんだけど・・・ 確かに、サルが言うように病院から重篤の患者を連れ出してはいるけれど、この時点では殺意(故意)はなかったんだから、作為犯の認定は、少し無理筋だと思うわね。 グルは、自身が滞在していたホテルで重篤の患者に対面して、そこで自分では助けられないと思ったわけでしょ? つまり、その時点から、未必の故意が認められると言えるから、不作為による殺人罪認定という流れになっていると思うわ。 |
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本決定を読むと、お父さんを病院から連れだした私も、共同正犯として裁かれているです! | ||
そうね。 まだ勉強していないから、わからなくていいんだけど、共犯についても本件では問題となっているわね。共犯については、また改めて総論で、しっかりやるから、その時にシッカリ説明するつもりだけど、本決定では、講学上「部分的犯罪共同説」と呼ばれる考え方が示されているのよね。 『殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となると解するのが相当』って言っている部分がそうね。 構成要件の重なり合う限度で、本件で言うと、被害者男性の命(法益の重なり合い)、不作為による行為の共通性(行為態様の重なり合い)が認められることから、軽い219条(保護責任者遺棄致死罪)の限度で、両者(被告人と、被害者男性の長男)に60条(共同正犯)が成立することになるわね。 結論としては・・・ グルには、単独犯として殺人罪(199条)。 共同正犯(60条)として、保護責任者遺棄致死罪(219条)の両方が成立するわね。 被害者男性の長男には、グルとの間で保護責任者遺棄致死罪(219条)の共同正犯(60条)が成立することになるわね。 |
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信じたグルには裏切られるし、お父さんは後遺症どころか死んでしまうし泣きたいです! | ||
救われない話よね・・・ | ||
刑法の勉強は、判例読んでて辛くなる話ばかりで、私は苦手です! | ||
あ、やっぱりナカたん、刑法は苦手だったんだ。 | ||
悲しくなったり、切なくなったり、やり切れなくなったりで、全然勉強にならないです! | ||
いやぁ、そこまで感情移入して判例読まなくってもいいと思うけどね。 | ||
でもでも、一緒に勉強させてもらっているお陰で、ちょっと刑法が好きになれたです! | ||
・・・。 あたし、全部光ちゃんと勉強しとるのに、全然好きになれていない・・・ なんでだお? |
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あんたは、法律の勉強どころか勉強全般が好きじゃないからでしょ? ナカちゃんは、法律の勉強は好きなのに、刑法は苦手って言ってるんだから、全然話が違うじゃないのよ。 |
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・・・あたし、なんでロースクール来とるんだろ? | ||
そんなこと私に聞かないでよ! | ||
質問! どうして、あたしはロースクールに来ているんでしょうか? |
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その質問には、明確な解答が用意されているんでしょうね? | ||
『大人は質問に答えたりしない それが基本だ』 |
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あ、利根川です! | ||
先に質問しといて、ナニよ、その返しはっ! |