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最高裁昭和60年10月23日大法廷判決
〜福岡県青少年保護育成条例事件〜
判例の舞台となる、ここ福岡県には福岡県青少年保護育成条例(以下、「本条例」)という条例が存在しました。

本条例では、青少年の健全な育成を図るため(本条例1条1項)、他の法令によって、成年者と同一の能力を有する者を除いて、小学校就学の始期から満18歳になるまでの者本条例3条1項に対して、何人も『淫行』又はわいせつな行為をしてはならない本条例10条1項)と定められており、これに違反した者に対しては罰則規定(本条例16条1項)が設けられていました。

しかし、ここに一人の男が現れます。
ほら、サルっ! 男役やって、早く、早く!
・・・なんであたしが。

よぉ、ネーちゃん可愛いなぁ。中学卒業したばっかか?
なら楽しいとこ連れてってやるわ、一緒にドライブいかんか?
えぇー、可愛いなんて・・・
そんなぁ。
ドライブですか?
じゃあ、行こっかな。 
なぁなぁ、ネーちゃん。
あたし・・・もとい、オレの女にならんか?
えぇー。私まだ15歳ですよ?
オジさんの女だなんて、そんなぁ〜。
 
  えーやないか、えーやないか。
 やだやだぁ〜。
 えーやん、えーやん。
(もうどうでもえーやん)
・・・と、この昭和56年3月下旬のドライブ車中での性交が始まりとなり、その後も2人の関係は続き、車の中や、被告人宅で会えば必ず性交という具合で、何度も何度も肉体関係を持つこととなりました。
その間、被告人から女性に対しては、結婚についての話題などはありませんでした。
え?
オレのしたことが本条例の淫行罪にあたる?
ちょっと待ってやぁ。
青少年の定義条項(本条例3条1項)に照らせば、男の性交相手の女性は15歳、すなわち青少年です。青少年に対する『淫行』を働けば本条例10条1項)、何人であっても罰する本条例16条1項)というのが、本条例の定めです。

しかし、被告人である男は、自分のした行為が、本条例10条1項の『淫行』であるとすることは、本条例の『淫行』という文言が、処罰範囲が不当に広汎に過ぎ、その範囲が不明確なものであるから、憲法11条、13条、19条、21条、31条に反して無効であると主張してきたのです。
   
 


なに?
この小芝居・・・
しかも、あたしが男役って、いくらなんでも無理があるよ・・・
事案を全部説明で済ませちゃうと、サルの印象に残らないかなぁ、って私なりに配慮したつもりなのに、そんな文句ばかり言わないでよぉ。
私だって、ナレーションと女の子役、2つも頑張ったじゃないの。 
光ちゃん、なんか変にハシャいでいて、それも、あたしの疲労感増加させた気がする・・・
はいはい。文句ばっかり言っていないで、この事案のポイントを言ってよね。 

刑罰法規は、罪刑法定主義の派生原理である明確性の原則の拘束を受けることは、先の検討の通りよね。この点については、憲法31条が、その根拠となっていて異論のないところよ。

一応、憲法31条もあげておくわね。
第31条【法定の手続の保障】
 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。


つまり、被告人の主張は、本条例の『淫行』って言葉は、処罰範囲が不当に広汎に過ぎ、その範囲が不明確なものであるから、何が処罰されるのか、通常の判断能力を有する一般人が判断できることが求められる明確性の原則に反するといえ、憲法31条違反により無効ってことなのよね。 
「青少年に対する『淫行』はしてはならない」って、つまり青少年と、セクロスしちゃダメってことでしょ?
ん?
セクロスってナニ?
 
なに光ちゃん、セクロスも知らないの?
じゃあ、セックルでもいいよ。
セックル?  
ちょっと、いい加減にしてよー。
じゃあ、セックル、セックルって早口で何度も言ってみればいいじゃない。
(小声で)
セックル、セックル、セックル、セック・・・っ!!!
ちょっ! コレっ! 
光ちゃん、昼間っからナニ連呼しちゃってんの?
もう立派なヘンタイさんだね!
やってくれるじゃないの!
私が、あんたのこと思えばこそ親身になって説明してあげてるっていうのに、その仕打ちがコレなのね! 
まぁまぁ、一つ賢くなって良かったじゃない。
感謝してよ、ね。
  むしろ、一つバカになった気しかしないわよ!

普通に「性交」なんだから「セックス」って言えばいいのよ、バカっ!
あんた、明確性の原則の勉強してるってのに、ナニ不明瞭な言葉を使ってくれちゃってるのよ!
もう知らないっ!
とっとと、この事件まとめちゃうからね!

この淫行』という処罰対象は、過度に広範ではないか

という命題に対して、次のような対処が考えられるわよね。

1つ目は、過度に広範である、として違憲無効
当然、無効な処罰規定である以上、結論は無罪になるわよね。

2つ目は、過度に広範ではない、として有効
当然、有効な処罰規定である以上、結論は有罪になるわよね。

さぁ、最高裁は、どのような判断をしたと思う?
ん〜。
結論から考えれば、中学出たばっかの女の子に手ぇ出したスケベ親父は、有罪になればいいと思うから、2つ目かなぁ。
ぶぅぅぅぅぅぅっ!!!

答えは、3つ目っ!

本条例の処罰対象とする『淫行』とは、「青少年の未成熟に乗じた不当な手段で行う場合」のほか「単に性欲の対象として扱う場合」をいうとする場合分けを行って、本条例の処罰対象の『淫行』とは、その意味での『淫行』に限定するという解釈をして、処罰を肯定したのでしたぁ!
  3つ目言ってないよ・・・
なに、そのハメ問題・・・
うるさいわよ!
サルが、百選予習していれば引っ掛からなかったんだから、ハメ問題じゃないわよ!

最高裁は、次のように判旨しているわ。
本条例10条1項、16条1項の規定の趣旨は〜(中略)〜青少年を対象としてなされる性行為のうち、その育成を阻害するおそれのあるものとして社会通念上非難を受けるべき性質のものを禁止することとしたものであることは明らかであって、右のような本件各規定の趣旨及びその文理等に徴すると、本条例10条1項の規定にいう『淫行』とは、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当である。

けだし、右の『淫行』を広く青少年に対する性行為一般を指すものと解するときは、『淫らな』性行為を指す『淫行』の用語自体の意義に添わないばかりでなく、例えば婚約中の青少年又はこれに準ずる真摯な交際関係にある青少年との間で行われる性行為等、社会通念上およそ処罰の対象として考え難いものを含むこととなって、その解釈は広きに失することが明らかであり、また、前記『淫行』を目して単に反倫理的あるいは不純な性行為と解するのでは、犯罪の構成要件として不明確であるとの批判を免れないのであって、前記の規定の文理から合理的に導き出され得る解釈の範囲内で、前叙のように限定して解釈するのを相当とする。

このような解釈は、通常の判断能力を有する一般人の理解にも適うものであり、『
淫行』の意義を右のように解釈するときは、同規定につき処罰の範囲が不当に広過ぎるとも不明確であるともいえないから、本件各規定が憲法31条の規定に違反するものとはいえず憲法11条、13条、19条、21条違反』ともいえない。

従って、『本件は、被告人において、当該少女を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性行為をした場合に該当するものというほかないから、本件行為が本条例10条1項にいう『淫行』にあたる』とする判断は正当といえる。

ね。3つ目の対処をとっているでしょ?
いや、だから光ちゃん、3つ目は言わなかったんだけどね。

確かに『淫行』が青少年とのセクロス全部っていうのは、広すぎるっていう気はするけどさぁ。
ただ、最高裁のいう『淫行』の解釈が、通常一般人の理解する『淫行』の定義かって言われると、それも違うって言いたくなるなぁ。
『合憲限定解釈』っていう考え方なのよ。 
憲法でも学ぶから、ここでは簡単な説明にとどめるけど、不明確を理由として違憲の疑いがある法令について、端的にこれを違憲無効とするのではなくって、問題となる法文について一定の解釈を加えた上で、そのように解釈すれば明確であるとして違憲判断回避するという判例実務で、とられる考え方なの。
かなりテクニカルな判断枠組みだから、理解するのは、憲法の勉強で、また改めてしっかりしましょ。

・・・まだ一緒に勉強することがあるならね!
うん。
これからも光ちゃんには教えて欲しいから、もうそんなに怒らずに機嫌直してよね。
サルが、ちゃんと謝るなら許してあげなくもないわよ。 
  ゴメンね。光ちゃん。
あたしも悪かったよ。
あたし『も』っ!?
え?
え?
私の聞き間違え?
 
  あたし『が』っ!
あたしが悪かったよ。
ゴメンなさい。
わかったわ。
許してあげる。
もう私が機嫌悪くすようなことしないでね。 
うん、光ちゃんはハマチっ子だから、あたしもこれからは気を付けるね。
ん?
ハマチっ子?
ナニ、それ?
 
あ、知らないならいいよ。いいよ。
知ったところで一つも賢くならない言葉だし。
なんかシックリ来ないけど、まぁ、サルの使う私の知らない言葉って変な造語とか、ネットスラングばかりだから、別にいいわよ。 
ウキキキっ!
(ハマチっ子とは、ハマチの子供・・・つまり、ブリ。
 ブリっ子のことをいうんだお。ニシシシシシ。)

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