最判昭和60年7月19日 | ||
少し複雑な事案なんだけど・・・。 登場人物も多いし、今回は全員に配役があるってことで宜しくね。 本件で問題となった債権と関係して・・・ その債権の前提となる動産を売った人を、ナカちゃん。 その動産を買った人を、サル。 その動産をサルから転売によって買い受けた人を、つかさちゃん。 サルの債権者らを、チイちゃん。 私は、事案についてのナレーターってことで御願いするわね。 |
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ナレーター |
ナカちゃんは溶接用材等を、サルに売却しました。 | |
動産を売った人 |
私の溶接用材等を、あなたに213万円で売るです! | |
あんがと、あんがとね。 あ、でも今、ちょっと手元に現金ないから、掛取引ってことでいいよね。 |
動産を買った人 |
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動産を売った人 |
ワカッタです! この人は、今ひとつ信用のできない人ですけど、動産(溶接用材等)の売買取引においては、動産売買の先取特権(321条)があるから大丈夫です! |
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ナレーター |
材料代金については、溶接用材が動産であることから民法321条が適用されます。 『(動産売買の先取特権) 第321条 動産の売買の先取特権は、動産の代価及びその利息に関し、その動産について存在する。』 |
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うーん、ちょっと経営が苦しいなぁ。 仕方ない。 ここは、まだ売掛金は払ってないけど、チビッ子から買った溶接用材を売って、お金にしますか。 |
動産を買った人 |
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この溶接用材だけど、あたしから買わない? そうだね。 お値段の方は、263万円で、どう? |
動産を買った人 |
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転売動産を買った人 |
お値打ちですね。 買うことにします。 |
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動産を売った人 |
ちょっと待つです! 私への売掛金の支払いが、まだなのに転売されては困るです! あれ、です! でも、まだ売買代金は受け取っていないようです! だったら、まだ大丈夫です! |
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ナレーター |
動産売買においては、動産売買の先取特権が認められています(民法321条)。 しかし、この動産売買の先取特権は、第三者に転売されてしまうと、最早、その動産の上に効力が及ばないこととなってしまいます。 『(先取特権と第三取得者) 第333条 先取特権は、債務者がその目的である動産をその第三取得者に引き渡した後は、その動産について行使することができない。』 しかし、本件においては、まだサルは、転売した取引相手である、つかさちゃんから、その売却代金を受け取っていませんでした。 ナカちゃんは、そこに目をつけたのです。 |
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動産を売った人 |
私の売った溶接用材は、黒田先輩に転売されてしまったです! そうなると、私は黒田先輩のところにまで先取特権を主張していくことはできないです!(民法333条) でもでも、藤先輩のところにはもう溶接用材がないですが、代わりに、藤先輩から黒田先輩に対する、この溶接用材を転売した代金債権があるです! この代金債権は、私の溶接用材が転じたものです! すなわち価値代表物に他ならないです! だったら、私は、この転売代金債権に、私の有する先取特権を物上代位(民法304条)して、債権回収を図るです! |
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日本語でオケ・・・。 | ||
動産を売った人 |
そうと決まったら、ボヤボヤしていられないです! 藤先輩が、黒田先輩に対して有している転売代金債権263万円のうち、213万円については、私の先取特権が認められるです! 早速、差押え、および転付命令をとるです! |
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ナレーター |
転付命令とは、民事執行法159条に規定されるものです。 『(転付命令) 第159条 1項 執行裁判所は、差押債権者の申立てにより、支払に代えて券面額で差し押さえられた金銭債権を差押債権者に転付する命令(以下「転付命令」という。)を発することができる。 2項 転付命令は、債務者及び第三債務者に送達しなければならない。 3項 転付命令が第三債務者に送達される時までに、転付命令に係る金銭債権について、他の債権者が差押え、仮差押えの執行又は配当要求をしたときは、転付命令は、その効力を生じない。 4項 第1項の申立てについての決定に対しては、執行抗告をすることができる。 5項 転付命令は、確定しなければその効力を生じない。 6項 転付命令が発せられた後に第39条第一項第七号又は第八号に掲げる文書を提出したことを理由として執行抗告がされたときは、抗告裁判所は、他の理由により転付命令を取り消す場合を除き、執行抗告についての裁判を留保しなければならない。』 この転付命令を、ザックリ説明すると、要するに、裁判所の命令による債権の強制移転ということになります。 つまり、ナカちゃんは、この転付命令を取得することによって、債権が譲渡されたのと同じことになるわけです。 |
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転売動産を買った人 |
あら・・・。 私の藤さんへの債務について、竹中さんから転付命令の通知が届いているわ。 (昭和57年3月11日送達) ・・・ただ、私のところには、藤さんの他の債権者の方々であるチイちゃん達からも、私の債務についての仮差押命令が送達されているのよね。 (昭和57年3月4日、同5日送達) 私は、一体誰に支払えばいいのかしら・・・。 うーん、ここは供託することにした方が無難かもね。 |
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ナレーター |
サルへの債務について、複数の債権者から差押命令の送達を受けた第三債務者である、つかさちゃんは、供託という手段をとることにしました。 供託とは、民事執行法156条に規定されるものです。 『(第三債務者の供託) 第156条 1項 第三債務者は、差押えに係る金銭債権(差押命令により差し押さえられた金銭債権に限る。次項において同じ。)の全額に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託することができる。 2項 第三債務者は、次条第1項に規定する訴えの訴状の送達を受ける時までに、差押えに係る金銭債権のうち差し押さえられていない部分を超えて発せられた差押命令、差押処分又は仮差押命令の送達を受けたときはその債権の全額に相当する金銭を、配当要求があつた旨を記載した文書の送達を受けたときは差し押さえられた部分に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託しなければならない。 3項 第三債務者は、前二項の規定による供託をしたときは、その事情を執行裁判所に届け出なければならない。』 しかし、この供託された、つかさちゃんの供託金に対して、サルの他の債権者らが現れます。 |
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供託された、オネーちゃんの、つかさおねーちゃんに対してもっている代金債権については、チイ達が先に仮差押えをしたんだよ! (※ 債権の仮差押えについては民事保全法50条参照) だから、この債権については、もうナカちゃんは、先取特権を主張することはできないよ! でも、ナカちゃんもオネーちゃんの債権者の1人だから、債権者平等の原則に従って、それぞれの債権額に応じて、みんなで、この債権を配分することにしようよ! |
サルの他の債権者ら |
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動産を売った人 |
どうして、そうなるです! この代金債権は、そもそも私の溶接用材の代金です! だったら、この債権は、私のもののはずです! 私は、この配当には異議を訴えるです! |
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そんな言い分は通らないよ! だって、チイ達の仮差押えが、ナカちゃんの転付命令よりも先に、つかさおねーちゃんに送達されているんだよ? 民法304条1項但書の規定には 『(物上代位) 第304条 1項 先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。 ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。』 とある以上、ナカちゃんはチイ達の仮差押えの前に、転付命令の送達をしていないんだから、304条1項但書から、先取特権の主張は認められないってことになるよ! |
サルの他の債権者ら |
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日本語でオケ・・・。 | ||
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あ、そこまででいいわ。 お疲れ様ぁ。 |
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いやぁ、なんか知らない法律まで飛び交ってて、ちょっとよくワカラナクなっちゃんだけれど・・・。 コレは、つまりナニが問題になっているわけ? |
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・・・難しい事案だとは思ったから、途中に条文も入れるようにして説明したのに、どうして、そういうことになるのかなぁ。 | ||
うんうん。 言いたいことは、よくワカル。 まぁ、それは横に置いておいて、ちょっと、この事案の争点を、あたしにもワカルように説明してくらはい。 |
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本件では、民法304条1項但書が適用される場面か否かが争点となっているのよね。 ナカちゃんが、物上代位による差押えをする前に、チイちゃんらが、その債権について仮差押えをしているわけよね。 この仮差押えが、溶接用材の代金債権が既に『払渡し』されたのと同じと言えるのであれば、304条1項但書きから、ナカちゃんは、最早、この債権について物上代位による優先権を主張できなくなるってことになるわ。 ここから本件の争点は、次の内容になるわね。 物上代位の目的となる債権について、他の債権者が仮差押えをした後であっても、先取特権者が、その目的債権に対して、物上代位権を行使することができるといえるか。 ということね。 |
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ふむふむ・・・。 これ、事案再現せずに、最初っから争点だけ言ってくれた方がワカリやすかったんじゃない? |
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サル・・・。 論文問題なんかだと、長い事案の事実から自分で争点を見付けないといけないのよ? 百選の事案みたいに、簡潔にまとめられているわけじゃないんだから、普段から慣れておくようにしないと。 |
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・・・マヂでか。 | ||
うんうん。 それじゃ最高裁の判旨を見ていくわね。 『民法304条1項但書において、先取特権者が物上代位権を行使するためには物上代位の対象となる金銭その他の物の払渡又は引渡前に差押をしなければならないものと規定されている趣旨は、先取特権者のする右差押によつて、第三債務者が金銭その他の物を債務者に払い渡し又は引き渡すことを禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取り立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果物上代位の目的となる債権(以下「目的債権」という。)の特定性が保持され、これにより、物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面目的債権の弁済をした第三債務者又は目的債権を譲り受け若しくは目的債権につき転付命令を得た第三者等が不測の損害を被ることを防止しようとすることにあるから、目的債権について一般債権者が差押又は仮差押の執行をしたにすぎないときは、その後に先取特権者が目的債権に対し物上代位権を行使することを妨げられるものではないと解すべきである。 これを本件についてみると、前記事実関係によれば、一般債権者たる被上告人らは、本件転売代金債権について仮差押の執行をしたにすぎないから、その後に上告人が本件物上代位権を行使することは妨げられないものというべきである。 これと異なる原審の判断には民法304条1項の解釈適用を誤つた違法があるといわざるをえない。 次に、本件配当異議の訴えの適否について判断する。 1 民事執行法159条3項は、「転付命令が第三債務者に送達される時までに、転付命令に係る金銭債権について、他の債権者が差押え、仮差押えの執行又は配当要求をしたときは、転付命令は、その効力を生じない。」と規定するが、転付命令が第三債務者に送達される時までに、転付命令に係る金銭債権について、他の債権者が差押、仮差押の執行又は配当要求をした場合でも、転付命令を得た者が物上代位権を行使した先取特権者であるなど優先権を有する債権者であるときは、右転付命令は、その効力を生ずるものと解すべきところ、本件の前記事実関係によれば、上告人が本件物上代位権の行使として得た本件転付命令は、被上告人らの仮差押が執行されたのちに本件第三債務者に送達されたものではあるが、その効力を生じたものというべきである。 2 ところで、当該債権に対し差押命令の送達と転付命令の送達とを競合して受けた第三債務者が民事執行法156条2項に基づいてした供託は、転付命令が効力を生じているため法律上差押の競合があるとはいえない場合であつても、第三債務者に転付命令の効力の有無についての的確な判断を期待しえない事情があるときは、同項の類推適用により有効であると解するのが相当である。 そして、右供託金について、転付命令が効力を生じないとの解釈のもとに、これを得た債権者を含む全差押債権者に対し、その各債権額に応じて配分する配当表が作成されたときは、転付命令を得た債権者は、配当期日における配当異議の申出、さらには配当異議の訴えにより、転付命令に係る債権につき優先配当を主張して配当表の変更を求めることができるものと解するのが相当である。 これを本件についてみると、前記事実関係のもとにおいて、本件供託は、民事執行法178条5項において準用する同法156条2項に基づいてされたものと解せられるところ、本件転付命令は本件供託前に確定してその効力が生じたことが記録上明らかであるから、本件転売代金債権に対する差押の競合があるとはいえない。 しかし、本件転付命令は被上告人らの仮差押が執行されたのちに本件第三債務者に送達されたものではあるが、その効力の有無について本件第三債務者に的確な判断を期待することは困難であるから、本件供託は、民事執行法178条5項において準用する同法156条2項の類推適用により有効なものというべきである。 そして、本件転付命令が効力を生じないとの解釈のもとに作成された本件配当表について、上告人が本件転付命令に係る債権につき優先配当を主張した配当異議の申出及び本件配当異議の訴えは、適法なものというべきである。』 と、述べているわね。 |
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えーっと、やたら長いんで結論だけ、まとめると? | ||
一般債権者が、仮差押えをした後でも、先取特権者は、物上代位権を行使することができますよって言ってるわけ。 端的には、判決文の太文字部分を抑えておいてくれればいいと思うわ。 |
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ここでは、判例の立場を、どのように理解すべきか、という問題もありますし、そもそも判例の立場を理解する上においての判例・学説の変遷もありますよね・・・。 動産先取特権の差押えが、なんのために要求されるのか? という問題を説明する考え方として、 ①特定性維持説 と ②優先権保全説 とが対立していたわけです。 特定性維持説は、我妻先生の説かれる価値権説(担保権は、担保目的物の価値を支配する権利であるとする考え方)から、担保目的物の交換価値の変形物に、担保権が及ぶ(ここでは、動産先取特権の効力が及ぶ)のは当然である、とする考えから、304条の差押えは、優先弁済の対象の特定性を維持するために必要とされるに過ぎない、と考えます。 これに対して、優先権保全説は、目的物の消滅により、本来的には、担保権も消滅するにもかかわらず、法によって政策的に、担保権者を保護するものである、と考えます。 この考え方によれば、物上代位は、当然のものではないため、差押えによる公示によって、対第三者関係で保全される必要があり、この理に従えば、差押え以前に第三者が登場すれば、最早物上代位権は行使することができない、とされます。 従来の判例は、後者である優先権保全説の考えであると捉えられていたのですが、本判決は、 『民法304条1項但書において、先取特権者が物上代位権を行使するためには物上代位の対象となる金銭その他の物の払渡又は引渡前に差押をしなければならないものと規定されている趣旨は、先取特権者のする右差押によつて、第三債務者が金銭その他の物を債務者に払い渡し又は引き渡すことを禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取り立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果物上代位の目的となる債権(以下「目的債権」という。)の特定性が保持され、これにより、物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面目的債権の弁済をした第三債務者又は目的債権を譲り受け若しくは目的債権につき転付命令を得た第三者等が不測の損害を被ることを防止しようとすることにあるから、目的債権について一般債権者が差押又は仮差押の執行をしたにすぎないときは、その後に先取特権者が目的債権に対し物上代位権を行使することを妨げられるものではないと解すべきである。』 と述べていますよね。 本判決は、304条の差押えが求められる理由として、 ①『特定性が保持され、これにより、物上代位権の効力を保全せしめる』こと ②『目的債権の弁済をした第三債務者又は目的債権を譲り受け若しくは目的債権につき転付命令を得た第三者等が不測の損害を被ることを防止しようとすること』 の2点を挙げています。 理由の①は、特定性維持説と、親和的な考え方といえますし、理由の②は、優先権保全説と親和的といえます。 つまり、本判決は、先の両説を融合させた折衷説的な考え方を示したものと評価できるといえます。 |
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丁寧なまとめをしてくれたわね、つかさちゃん。 じゃあ、私は先取特権の物上代位と、抵当権の物上代位との関係を、負けじと、ここで説明しちゃおうかしら。 |
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・・・いやいやいや、今日は、動産先取特権の勉強会じゃないの! それなら争点と、判例の結論だけでココは終わっておこう。 うんうん、あたしはソレがいいと判断したお。 |
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理由を尋ねてもいいかしら? | ||
・・・ん? メンドい。 |
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・・・。 (・・・ダメだ、こいつ。 なんとかしないと・・・です。) |
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※ 難しいところですが、 304条の動産先取特権の行使においては、 一般債権者が、仮差押えをした後でも、先取特権者は、物上代位権を行使することができる その理由としては、 ①『特定性が保持され、これにより、物上代位権の効力を保全せしめる』こと ②『目的債権の弁済をした第三債務者又は目的債権を譲り受け若しくは目的債権につき転付命令を得た第三者等が不測の損害を被ることを防止しようとすること』 の2点を挙げることでいいと思います。 動産先取特権と、抵当権の物上代位については、区別すべきですが、その点については、また抵当権の物上代位での勉強会において説明することと致します。 説明が雑で、ワカリにくいと思われる方は、百選Ⅰ 7版 79事件の道垣内先生の百選解説を読まれるのが一番いいかと思っております。 アホの管理人 |