最判平成8年11月12日
事案が複雑なので、例によって少し簡略化するけれど概要は大体同じだから。

事案を再現した後に、ワカリやすくなるよう関係を図で示すから、場合によっては先に、その図を見てからの事案再現の確認というのでもいいと思うわ。
それじゃ、まずは配役からね。

今回は、全員参加で御願いするわ。
不動産Aの所有者をサル
Aの賃料取立て事務等をサルから委託された方をつかさちゃん
サルの相続人をチイちゃん
つかさちゃんの相続人をナカちゃん
ナレーターは私


という配役でいくわね。

ナレーター
昭和29年5月頃・・・。
ある不動産をめぐって、2人の兄弟の間で、次のようなやり取りがありました。

不動産A所有者
わしの持っている不動産だが、賃貸にしとるのは弟のお前も知っとるだろ?
賃借人からの賃料取立てなども大変なんだが、お前にやってもらえないかと思っている。
いやいや、もちろん賃借人から回収した家賃は、お前の生活費にしてくれていいから、どうだろう、やってくれないか? 
わかりました。兄さん。
それじゃ、兄さんの賃貸不動産については、私が賃料取立ての事務を任されますね。
あ、不動産ですが、賃貸に出していないとこに住んで、管理するってことでいいですよね?

不動産A占有者 

不動産A所有者
あぁ。そうしてくれると、わしも安心だ。
それじゃ、頼むからな。
まぁ、取り立てた賃料については生活費にしていいってことだし、不動産の賃貸部分ではない所に住んでいいっていう話なんだから、断る理由もないですからね。
不動産A占有者 

ナレーター
というわけで、賃貸されている不動産Aについて、サルからつかさちゃんへの事務委託がなされました
その後、昭和32年7月、つかさちゃんは死亡し、つかさちゃんをナカちゃんが相続することになりました。
黒田先輩が亡くなってしまったので、私が相続したです!
黒田先輩の事務管理は、相続人の私が引き続き行うです!

つかさの相続人

ナレーター
昭和36年、サルも死亡しました。
そして、チイちゃんがサルを相続しました。 

サルの相続人
オネーちゃんが死んじゃったよ!
えーっと、オネーちゃんをチイが相続したんだよね・・・。
不動産Aについては、登記名義は、オネーちゃんなんだ、うんうん、なるほど、なるほどだよ!
賃貸物件の管理も楽じゃないです!
賃料だって、いつまでも据え置きってわけにもいかないですし、建物の老朽化もあることだし、やることは一杯あるです!
賃料を生活費にしているからって、建物の修繕や、固定資産税の支払もあるです!

つかさの相続人 
  アレ? です!

つかさの相続人 
この建物(不動産A)の登記名義は、藤先輩になっているです!
おかしいです!
この不動産は、黒田先輩が藤先輩から贈与されたって言っていたです!
なのに、どうして不動産の登記名義人が、黒田先輩になっていないです! 

つかさの相続人 

サルの相続人
アレ?
ナカちゃん、どうしたの?
 
私が、今管理している不動産ですが、不動産の登記名義が、藤先輩になっているです!
私の名義に書き換えして欲しいです!
移転登記を求めるです!

つかさの相続人  

サルの相続人
え?
不動産Aは、オネーちゃんの登記名義だし、ソレをチイは相続したんだから、あの不動産はチイのじゃないのかな?
なのに、登記を移転しろなんて言われてもイヤだよ。
私は黒田先輩から、あの不動産については、昭和30年7月に黒田先輩が藤先輩から贈与された物だって聞いているです!
だから、黒田先輩から相続した私の物のはずです!

もし仮に、贈与がなかったんだとしても、10年ないし20年以上所有の意思をもって不動産を占有してきたのですから、不動産Aについては時効取得が成立するです!
だから、不動産Aは私の物のはずです!

つかさの相続人   

ナレーター
ナカちゃんの主張に対して、一審では、サルからつかさちゃんへの贈与が認められて、ナカちゃんが勝訴しました。

しかし、二審では、この贈与が否定されてしまいました。
そこで、時効取得の成否が争われることになりましたが、ナカちゃんの時効の主張について、二審は、つかさちゃんの開始した占有は他主占有であり、ナカちゃんは、つかさちゃんを相続しただけである以上、その占有は他主占有であり『所有の意思をもってなされる自主占有ではないことから、取得時効の成立は認められない、としてナカちゃんの逆転敗訴となり、チイちゃんが勝訴しました。
あうあうあうあう・・・黒田先輩から、不動産が藤先輩から贈与されたものだって聞いてきたのに、裁判所は認めてくれなかったです!
しかも、黒田先輩が他主占有である以上、相続人は、その黒田先輩の地位を引き継ぐ以上、他主占有であるという理由で、時効取得も認めてくれないです!
でもでも、私はずっと、あの不動産を自分の物だと思って使用してきたです!
こうなったら、最高裁で戦うです!

つかさの相続人
   





 
事案は少し複雑だったから簡略化して事案を再現したんだけれど、概ねの流れは同じになるわ。
登場人物の関係を図で示すと、下の図になるわね。
これ、ホントのとこはどうだったの?
あたしはクロちゃんに不動産を贈与してたの?
それとも、ソレはクロちゃんの勘違いで、そんな話はなかったの? 
一審では、藤さんから私への不動産Aの贈与が認められていますが、その贈与については二審で否定されていますからね。
この贈与の有無については、事実認定にかかわるところですから、最高裁では、最早、この点については争うことは出来ません
民事訴訟法の話になってしまいますが、一審・二審事実審最高裁法律審ですからね。

そして訴訟において明らかにされるのは、裁判上の事実ですから、藤さんから私への贈与が本当にあったのかどうかについての事実認定は、あくまでも証拠に基づいてなされるべきものですから、二審贈与が否定されたということは、裁判上の事実としては、贈与はなかったということになりますね。 
贈与したかどうかの肝心の当人のあたしとクロちゃんが既に死んでいるからなぁ。贈与があったかどうかは、証拠でもないと証明できないってことかぁ。 
贈与の有無について関心があるみたいだけれど、本件の争点は、ソコではないわ。
つかさちゃんも指摘してくれているように、贈与の事実については二審で否定されているわけだからね。

争点は、取得時効に関する法律解釈問題になるわ。
大きく挙げると、次のつね。

つは、
相続は、民法185条にいう『新たな権原』にあたるか

つ目は、
相続が他主占有であったとして、その他主占有に基づく占有を相続した者が、自主占有に基づく取得時効の成立を主張する場合、どのような主張・立証をしなければならないのか

という点ね。
少し難しい議論だから、先に判決文を確認しちゃいましょうか。
うーん、なんか難しいこと言っているなぁ・・・。
まぁ、とりあえず判決文見ようか。
最高裁の判断は、次の内容ね。
(※ 上告人=ナカちゃん、被上告人=チイちゃん)

他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において、右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。

 けだし、右の場合には、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり、また、この場合には、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決することはできないからである。

 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、上告人は、被相続人の死亡後、本件土地建物について、被相続人が生前に贈与を受け、これを上告人らが相続したものと信じて、幼児であった上告人らを養育する傍ら、その登記済証を所持し、固定資産税を継続して納付しつつ、管理使用を専行し、そのうち土地及び建物について、賃借人から賃料を取り立ててこれを専ら上告人らの生活費に費消してきたものであり、加えて、本件土地建物については、従来から所有不動産のうち門司市に所在する一団のものとして占有管理されていたことに照らすと、上告人らは、被相続人の死亡により、本件土地建物の占有を相続により承継しただけでなく、新たに本件土地建物全部を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものということができる。

 そして、他方、上告人らが前記のような態様で本件土地建物の事実的支配をしていることについては、被上告人らの認識するところであったところ、同人らが上告人らに対して異議を述べたことがうかがわれないばかりか、上告人が昭和47年に本件土地建物につき上告人ら名義への所有権移転登記手続を求めた際に、被上告人らはこれを承諾し、これに異議を述べていない、というのである。

 右の各事情に照らせば、上告人らの本件土地建物についての事実的支配は、外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解するのが相当である。

 
~中略~上告人らが昭和47年になって初めて本件土地建物につき自己名義への所有権移転登記手続を求めたことは、上告人らと被上告人らとの間の人的関係等からすれば所有者として異常な態度であるとはいえず、前記の各事情が存在することに照らせば、上告人らの占有を所有の意思に基づくものと認める上で妨げとなるものとはいえない。

 右のとおり、上告人らの本件土地建物の占有は所有の意思に基づくものと解するのが相当であるから、相続人である上告人らは独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるというべきである。

 そうすると、被上告人らから時効中断事由についての主張立証のない本件においては、上告人らが本件土地建物の占有を開始した昭和32年7月24日から20年の経過により、取得時効が完成したものと認めるのが相当である。


としているわね。
つまり、一審ではナカちゃん勝訴二審ではチイちゃん逆転勝訴、そして最高裁ではナカちゃんの逆転勝訴という経過をたどっているわけね。
ちょいちょいちょいっ!
コレって、争点つ目については言ってなくね?
相続が、185条にいう新たな権原にあたるのかどうかって点についても、引用してくれなきゃダメじゃね?
その点については、実はこの判例の前の判例があるの。
最判昭和46年11月30日がソレなんだけど。

相続人の承継は、包括承継だったわよね。
つまり、相続人は、被相続人の法律上の地位も、そのまま承継することになるわ。
そうであるならば、被相続人が他主占有であれば、その地位を承継する相続人の相続には、民法185条の適用はなく、相続は、185条にいう新たな権原にはあたらない、と考えるべきである、とされてきたわ。

今から紹介する最判昭和46年11月30日は、相続185条にいう新たな権原にあたるということを、最高裁が初めて認めた判例なの。

どのように考えることで、相続が『新たな権原』として認められる、という考え方を示したのかと言うと・・・。

相続人は被相続人の有していた
本件土地建物に対する同人の占有を相続により承継したばかりでなく
それとは別個に、相続人自身の固有の占有
新たに本件土地建物を事実上支配することにより
得ていると捉えたわけなの。

そして、
『『所有の意思があるとみられる場合においては相続人は、被相続人の死亡後、民法185条にいう新たな権原により本件土地建物の自主占有をするに至ったものと解するのを相当とする
という判断を下したのよね。

つまり、原則としては、相続は包括承継であり、被相続人の法律上の地位を承継するものである以上、相続は新たな権原とはならないわ。
しかし、例外的に、相続人が
新たに本件土地建物を事実上支配することで占有を開始し、
かつ、その占有に
『『所有の意思があるとみられる場合においては
相続による取得を、民法185条にいう新たな権原による自主占有として認めるとしているわけ。
あれ・・・結論出ちゃってね?
じゃあ、今検討した判例は、なんのための検討だったわけ? 
今の結論は、争点つ目の話でしょ?
今回、検討した判例では、争点つ目について述べているのよ。

少し民事訴訟法の話とも関係するから理解が難しいところになるかも知れないけれど、大事なところだから今の理解でもワカルように説明させてもらうと・・・。

自主占有か、他主占有かが裁判で争われる場合、ドチラがソレを証明するのかが問題になるわ。

取得時効を主張する占有者側(=ナカちゃん)が、自己の占有は自主占有であるということを証明しなければならない(=その証明に失敗すると、取得時効が認められない)のか、取得時効を否定して、自分にこそ不動産の所有権があるという主張をする側(=チイちゃん)が、占有者の占有は他主占有であることを証明しなければならないのか、という問題ね。

一般には、占有者の占有186条1項による法律上の推定を受けるわ。
でも、本件では、二審で贈与が否定されてしまったのだから、ナカちゃんの占有取得原因は、相続であり、相続が法律上の地位を承継するものである以上、他主占有であったという認定がなされているわけよね。

そうである以上、ナカちゃんは、相続により開始した占有によって、他主占有が自主占有に変わったのだということを主張しなければならないということになるわ。
つまり、他主占有が、相続という新たな権原によって自主占有に変わったのだというのであれば、その変わったということを主張する側が、それを立証しなければならない、ということを最高裁は判示しているわけ。

先の最判昭和46年11月30日では、具体的事案については相続人の自主占有が否定されてしまったのだけれど、本件では、ナカちゃんは、その事実を立証し得たとして、逆転勝訴を得たわけね。
因みに『所有の意思』については、判例最判昭和58年3月24日)は
占有者の内心の意思によってではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものである
としていますよね。
そうね。
その判例の考え方も、本件では示されているわよね。
先に示された昭和46年判決や、今、つかさちゃんの指摘してくれた昭和58年判決の考え方も取り込まれた本判決は、事例問題としても狙われやすい問題といえるわね。 
そう言えば、アホの管理人も、いつぞやの定期試験で、この事案をベースにした問題に遭遇したって言うてたなぁ。
まぁ、あの問題は、さらにその後の第三者への売買やらも絡んでいて、最早別物と言っていいくらいのイジられ方されてたらしいけど、あのアホは解けたんだろうか・・・。
アホの管理人?
ソレ、オネーちゃんの友達のあだ名?
  メ、メタはダメですぅぅぅぅっ!
大丈夫だよ! ナカちゃんっ!
チイは蛙さんを潰すようなことはしないからねっ! 
なにか、完全に間違えて憶えてしまわれたみたいですね・・・。
まぁ、説明しなくてはならないことでもないですし、実害があるわけでもないでしょうから、いいんですけれど。
メメタァァァッ!!』

たまに無性に口にしたくなる響きだよね、コレ。

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