前々回の勉強会では、177条にいう『第三者』については、条文上は『善意の』という文言がないわけなんだけど、判例準則として、『不動産に関する物権の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当な利益を有する者』をいう、という考え方(=制限説)がとられているってこと学んだわけよね。 そして、悪意の第三者も、この177条にいう『第三者』に含まれるのか? という問題については、とりあえず含まれる、という理解で勉強会を進めることにしたわけよね。 今日は、この問題を掘り下げて理解しようと思うわ。 今日学んで欲しいのは、次の内容ね。 1つ目は、悪意の『第三者』は、177条にいう『第三者』に含まれるのか。 2つ目は、背信的悪意者とされるのは、どのような者か。 という2点ね。 それじゃ、まずは今日学ぶ条文の確認からね。 六法で177条を見てくれる? |
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民法第177条。 『(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。』 |
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じゃあ、もう恒例になっているけれど、下の図を見てくれる? | ||
いい加減見飽きたお。 |
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説明する事案が同じなんだから、都度都度違う図を用意する必要もないでしょ? はい。 じゃあ、事案を言うわね。 サルは、所有するA土地をナカちゃんに1000万円で売却したの。 当然、A土地の所有権は、サルからナカちゃんへと移転したわけよね。 ただ、移転登記はまだなされていない・・・という状況。 ここに、つかさちゃんが登場するんだけど。 つかさちゃんは、サルの所有していたA土地を欲しいって思って、登記簿を調べてみると、サルの所有(登記名義)になっていることを知ったわけ。 そこで、つかさちゃんはサルのところに行って、A土地を自分に売ってくれないか、と交渉したのね。 サルは、A土地を既にナカちゃんに売却してしまっているから 『A土地は、もうナカたんに売ってしまったお』 と、つかさちゃんには、もう売れない旨を伝えたんだけど、それを聞いても、なお、つかさちゃんはどうしてもA土地が欲しいって思ってしまったの。 つかさちゃんは、ナカちゃんに相談しても、きっと聞いてくれないだろう、って思ったので、サルに対して、 『私は、1000万円じゃなくって2000万円出すから、A土地を私に売って欲しい』 って頼んできたわけ。 サルは、2000万円ならっ! と思い、A土地を、つかさちゃんに売ることを決心して、A土地をつかさちゃんに売却し、さらに、登記もつかさちゃんの移転してしまうのよね。 |
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うーん、倍も出してくれるって言うのなら、あたしとしても、ナカたんよりも、クロちゃんに売ったほーがお得だもんね。 まぁ、それは仕方ないかなぁ。 |
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この事案の、つかさちゃんは、サルから話を聞いているんだから、先行するサルとナカちゃんとの間のA土地の売買について知っているわけよね。 つまり、つかさちゃんは悪意ってことになるわ。 でも考えて欲しいんだけど、どうしても欲しい物があるという場合に、前の人よりも多額のお金を出して、その物を買おうとすることは、そんなに悪いことかしら。 |
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うーん、個人的には複雑な思いがするなぁ・・・。 毎年、プロ野球のストーブリーグでは、いい選手が、より高い評価(年棒呈示)を求めて、FA権を行使しているけど、ウチ(広島)みたいなお金のない球団には、FA制度の恩恵なんて殆どないからなぁ。 高いお金を出して、既に人が先に買っている物を買おうっていうのは、どうなんだろうって気はするけどなぁ。 |
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でも、この世は自由競争社会だからね。 欲しい物を他人より高い値段をつけることによって、なんとしても手に入れる、ということは、別にそんな非難されるべきことではないわ。 |
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うわぁ〜。まさに金満球団(=巨人)ファンらしい言い分だなぁ。 でも、そんなことばっかしてたら、ウチみたいな球団に来てくれるのは、黒田みたいな漢気溢れる人しか、おらんことになってまうお・・・。 |
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あ、すみません。 ちょっとプロ野球のFA制度については詳しくないのですが、事案では悪意者である私が保護されるのは、確かに、光ちゃんが言うように自由競争社会という建前があることからも説明できますが、他方、竹中さんも、藤さんからA土地を買ったのであれば、速やかに登記を自分に移転しておけばいいのに、それを怠っていたために、第三者である私がA土地を取得することになってしまっているわけですよね。 そう考えますと、なすべきこと(=移転登記)をしなかったが為に、私に劣後する結果(=A土地のつかさちゃんにとられるという結果)を招いてしまったのですから、やむを得ないとも言えますよね。 |
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成程、成程。 選手を大事にしていない球団が、FA権を行使されて選手に出て行かれてしまうことは、ある意味、残当ってことか。 |
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・・・つかさおねーちゃんの説明はワカルけど、オネーちゃんの言っていることは、チイは全然ワカラナイよ・・・。 | ||
サル・・・あんた、無理矢理プロ野球になぞらえるの、止めなさいよ。 私やナカちゃんは、ともかく、つかさちゃんやチイちゃんには、ちっとも伝わらないじゃないの。 大体、あんたの言い分だと、金本や江藤が出て行ったのは、広島が選手を大事にしなかった結果ってことになっちゃうわよ? ソレでいいわけ? |
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それでも、ノムケンや、緒方は残ってくれたんですぅ〜。 ヤニキや、飛べない豚なんて、いらんかったんですぅ〜。 |
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野球談義に脱線し過ぎです・・・。 しかも、そんな古い選手ばかり挙げられたら、全然ピンと来ないです。 |
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まぁ、とは言え、事案のあたしとしては、1000万円じゃなくって2000万円でA土地が売れて、お得だったってことだよね。 | ||
そうですね・・・。 事案の私としては、A土地を、黒田先輩にとられてしまうわけですから、二重譲渡をした藤先輩に、契約違反について責めると思いますが、藤先輩は、黒田先輩から得た2000万円の一部を、損害賠償として支払うことで決着をつけることが出来ると言えますから、結果的には、その差額分は利益になるでしょうね。 |
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結論としては、そういうことになるわね。 というわけで、177条にいう『第三者』には悪意者は含まれる、ということは、その理由と共に理解できたと思うわ。 じゃあ、次は今の理解を前提として、もう少し話を進めるわね。 |
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ふむふむ。 進めちゃって、進めちゃって。 |
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それじゃ、次のような事案を考えてみてくれるかしら? 質問! ナカちゃんは、チイちゃんから山林Aを買い受けて占有を開始したの。 でも、手違いがあって、山林Aの一部については登記漏れがあって、ナカちゃん名義に移転登記がされないままになっていたのね。 ここにサルが登場するの。 サルは、チイちゃんからナカちゃんへのA山林の売買について登記漏れがあることを知って、チイちゃんに掛け合って、登記漏れになっているA山林の権利証をチイちゃんから安く手に入れ、A山林の登記をサル名義にしちゃったわけ。 そして、ナカちゃんに対して、A山林の所有権の確認を求めて訴えを提起したのよね。 この場合のサルは、177条にいう『第三者』にあたるといえるかを考えてみてくれる? (最判昭和43年8月2日をベースにした事案) |
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・・・。 (う〜ん。どうなんだろ。 あたしは、チイとナカたんとの契約には関係ない以上、『第三者』であることは間違いないよね。 んで、登記も持っとるわけだよね。 ということは、あたしが177条にいう『第三者』であれば、ナカたんはあたしにA山林の所有権を主張することはできないってことになるよね。 でも、あたしは、ナカたんのA山林の登記漏れを知っているんだから、悪意ではあるわけだよね。 ただ、悪意者も177条の『第三者』に含まれるってことなんだから・・・あたしは177条の『第三者』にあたるんじゃないのかな? ) |
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事案のオネーちゃんは、背信的悪意者だから、177条の『第三者』には、あたらないよ! | ||
え? ナニ? あたしが、ナニ的悪意者だからダメだって? |
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背信的悪意者だよ! | ||
そうね。 質問のベースにした事案について最高裁(最判昭和43年8月2日)は、次のように判示しているわ。 『実体上物権変動があった事実を知る者において右物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には、かかる背信的悪意者は、登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであって、民法177条にいう第三者にあたらないものと解すべき』 である。 そして、本件においては 『上告人(=サル)が、被上告人(=ナカちゃん)の所有権取得について、その登記の欠缺を主張することは信義に反するものというべきであって、上告人(=サル)は、右登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者にあたらないものと解するのが相当である』 としているのね。 つまり、サルは背信的悪意者であることから177条にいう『第三者』にはあたらない、とされたわけ。 そうであるならば、ナカちゃんは登記なくして、サルにA山林の所有権を主張することができることになるから、サルのA山林の所有権確認請求は認められない、という結論になるわね。 |
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え? ちょっと、よくワカラナイんだけど・・・。 どういうこと? |
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この判例の考え方の前提には、前々回学んだ明治41年連合部判決(大判明治41年12月15日)の論理があるわ。 つまり、177条にいう『第三者』については、条文上は『善意の』という文言がないわけなんだけど、判例準則として、『不動産に関する物権の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当な利益を有する者』をいう、という制限説による理解ね。 この制限説の理解を前提として、背信的悪意者は『登記欠缺を主張する正当な利益を有する者』には、あたらない、として177条の『第三者』から排除しているのよね。 (背信的悪意者排除論) 本判決は、事案のサルのような者を、背信的悪意者にあたることを認めた最初の判例とされているわ。 そして、背信的悪意者とは、本判決の言葉を使うのならば 『物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある』者 という理解になるわね。 |
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今日の勉強会の理解を、まとめると。 単なる悪意者と、背信的悪意者とは分けられることとなります。 そして、単なる悪意者は、なお177条の『第三者』といえますが、背信的悪意者は最早177条の『第三者』とはいえない。 という判例準則があることを抑えておくべきですよね。 |
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いや、あたしがワカラナイって言ってるのは、ソコじゃなくって、悪意者と背信的悪意者とを分けるポイントなんだよね。 『信義に反するものと認められる事情がある者』って言われても、ちょっとよくワカラナイって思うんだけどさ。 |
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あ・・・チイもよくワカラナイよ。 | ||
難しい質問をしてくれるわね。 背信的悪意者が、177条の『第三者』とはいえない、という判例法理については最早、確立されたものといえるんだけど・・・。 確かに、今、サルが質問してくれた、悪意者と背信的悪意者とを分けるポイントについては学説でも議論されているところなのよね。 ただ、実際には、この両者を分けることは困難なことは確かよね。 背信的悪意者の範囲を拡げていくと、悪意者も177条の『第三者』から排除されてしまうことになってしまうだろうし、逆に厳格に解すると、また問題が生じることになってしまうわけだしね。 ただ、このポイントについてなんだけど。 試験問題としては問題文に対して、しっかり規範や定義を定立して、あとは回答する人の価値判断ってことになると思うから、あまり深く考えるところではないと思うわ。 |
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結局、試験対策的な話でお茶を濁すわけなんだ・・・。 | ||
法律問題の回答は、必ずしも1つではないからね。 回答する人の価値判断によって結論が変わることなんて往々にしてあることだし、抑えるべき点については話したと思うから、別にお茶を濁したなんて思ってないわよ? |
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・・・でも、やっぱり藤さんの悩みは深いですね。 正直、私も答えることのできない話で、残念です・・・。 |
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まぁねぇ〜。 いつも、あたしは光ちゃんも、ろくに答えられないようなレベルで悩んでいるわけなんだよねぇ。 ソレもコレも、あたしの深い理解ならではの話なわけなんだけどさぁ。 |
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オネーちゃんは凄いなぁ〜。 | ||
野球で例えるなら、あたしにとっての勉強会は、メジャーリーガーから見たリトルリーグかも知れない。 ぶっちゃけ、それくらいのレベル差はあるかもねぇ。 |
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よ、よくワカラナイ例えですけれど、とにかく藤さんがスゴイんだってことは伝わってきます! | ||
チイにも教えて、教えてよっ!! | ||
へぇ〜。 木下さん、すごぉ〜い。 |
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・・・。 (とんだ嘘つきがいるです・・・。 プロ野球で例えるなら、藤先輩は、たまたま初打席でHRをまぐれ当たりで打っただけなのに、その1打席の結果だけで、さも強打者のように振舞っているだけです! 黒田先輩はともかく、チイちゃんまで騙すなんて、藤先輩こそ背信的悪意者と言うべきですっ! ) |
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※ 背信的悪意者については応用事例として百選T 6版掲載の56事件 7版掲載の57事件(最判平成18年1月17日)もあります。 背信的悪意者についての説明は、十分かと思い割愛していますが、需要が多ければ加筆検討します。 |