憲法の保障 | ||
そろそろ憲法の統治機構の終わりも見えてきたわね。 今日の勉強会のテーマだけど、憲法の保障について学ぶことにするわね。 |
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憲法の保障って? |
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憲法の保障とは、憲法が守られることを確保することをいうわ。 この憲法保障の諸類型には、 @憲法自身に定められている保障制度 A憲法に定められていないけれども、超憲法的な根拠によって認められると考えられる制度 とがあるわ。 ただ、@の内容については、実は改めて、ここで学ぶ必要はないのよね。 |
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なんで? 面倒くさいから? |
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違うわよ! これまでの勉強会で学んだきたものが、@の内容になるからよ! 例えば、事前的手段としては、憲法の最高法規性(憲法98条1項)、権力分立制、硬性憲法(憲法96条)が。 事後的手続としては、付随的違憲審査制(憲法81条)が、それぞれ挙げられるんだけど、いずれも学んだものになるわけだからね。 |
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付随的違憲審査制? そんな難しい言葉、勉強したっけ? |
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したです。 思いっきりしたです。 |
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あんた、せっかくの司法の勉強会を台無しにするような発言は控えてくれない? だから、今日の勉強会で学ぶ内容としては、 A憲法に定められていないけれども、超憲法的な根拠によって認められると考えられる憲法保障の制度 ということになるわけね。 |
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なんか名前が仰々しいね。 ナニ? 超憲法的って。 サイヤ人を超えたサイヤ人・・・みたいな感じ? |
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ゴメン、ちょっとナニ言ってるのかワカラナイんだけど。 このAの内容としては 抵抗権 と 国家緊急権 が挙げられるわ。 |
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おお、内容にも仰々しい名前が出てきたお。 | ||
先ずは抵抗権ね。 抵抗権とは、国家権力が人間の尊厳を侵す重大な不法を行った場合に、国民が自らの権利・自由を守り人間の尊厳を確保するため、他の合法的な救済手段が不可能となったとき、実定法上の義務を拒否する抵抗行為をいうわ。 |
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な、なんか凄い権利だね・・・抵抗権。 | ||
この抵抗権については学説は多岐に渡るところだけれど、かなり難解なところだから、学説の紹介は避けて、抵抗権について述べられた判決文の紹介に、とどめることにするわね。 先ず1つ目の判決文からね。 『いわゆる抵抗権と称されるものは、甚だ多義かつ広汎にわたり、権利としての性質、内容必ずしも明白とは云えず、弁護人の志向するところも、また必ずしも明確とは云い難いが、これをその主張内容に即して検討してみれば、 (1)その指向する抵抗権を、他の憲法の立法例に倣い、憲法に違反して行使された公権力に対する抵抗は、国民の権利であり、義務であるという趣旨のものと解するならば、事は、すでに最高裁判所の判断したところにかかり、政府の行為が、憲法に違反しているものとは認められないとしているのであるから、弁護人の所論は、その前提を欠くもので採用するに由なく、 (2)また、その抵抗権というところも、その論旨より見るときは、結局、いわゆる違法性阻却事由としての正当性ないしは社会的相当性の範疇に帰着するものの如くであって、この点については、後段において詳しく判断するとことに譲る。 (3)仮りに、その抵抗権にして、実定法秩序外の世界の秩序の価値観(あるいは義務)による実定法秩序の価値(あるいは義務)の拒否を本質とするいわば固有の抵抗権を意味するものとすれば、いわゆる危急存亡の秋などの如き最も極端、最悪異例の場合を指称することとなり、本件がかかる場合に該当するものとは、到底認めることができないのであるから、結局、抵抗権の主張も理由がない』 (砂川事件差戻第一審判決 東京地裁昭和36年3月27日) もう一つ紹介しておくわね。 『国家権力の乱用による法の侵害権利の侵害に対する抵抗権の行使は現代における国民の権利であるとともに義務でもある。 だが、いかなる場合にいかなる形で抵抗権を行使すべきかについては困難な問題が残るであろう。 又抵抗権の行使には常に危険性を内在している。 即ちその行使は現在の権力者の支配に対する実力による抵抗であるからその本質上秩序に対する危険を意味する。 日本国憲法のもとで抵抗権はいかに考えられるであろうか、日本国憲法は何らの規定を設けていない。 しかし日本国憲法は自然法思想による基本的人権をその本質的構造部分としているのであるから抵抗権を内在せしめているといってよい。 然しながら前記の如く危険性を内在する抵抗権の行使には厳格なる制限が付されなければならない。 即ち先ず憲法の各条規の単なる違反ではなく民主主義の基本秩序に対する重大なる侵害が行われ憲法の存在自体が否認されようとする場合であり、又不法であることが客観的に明白でなければならない。 各人の主観的立場により判断されると各人はそれぞれ異なる世界観をもっているから結局無政府状態に堕すこととなる。 客観的にして、国民の集団的英知により初めて抵抗権の行使は合法的たり得る。 更に又憲法法律等により定められた一切の法的救済手段がもはや有効に目的を達する見込がなく、法秩序の再建のための最後の手段として抵抗のみが残されていることが必要であると云わねばならぬ』 (札幌地判昭和37年1月18日) といった判決文があるわね。 |
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な、な、名前以上に仰々しい・・・。 抵抗権・・・その名に恥じない、ものごっつい権利だね。 |
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抵抗権の説明は、こんなところかしらね。 A憲法に定められていないけれども、超憲法的な根拠によって認められると考えられる憲法保障の制度の2つ目は、国家緊急権ね。 この国家緊急権とは、戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限をいうわ。 明治憲法の下では、この国家緊急権として、戒厳大権(明治憲法14条)、非常大権(明治憲法31条)という規定があったんだけれど、現行の日本国憲法には、国家緊急権について定めた規定はないわ。 また、国家緊急権について言及された判決文もなかったため、抵抗権のように裁判例が、どう捉えているのかの紹介も出来ないわね。 |
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コレ、抵抗権と、国家緊急権って一緒に並べて説明したけれど、そもそも権利行使する主体は違うよね? | ||
そうね。 両者は、共に憲法保障・・・つまり、憲法秩序の回復を目的とする制度ではあるけれど、サルが言ってくれたように、行使する主体が異なるわ。 抵抗権は、国民が主体。 国家緊急権は、その名前のとおり、国家が主体となるからね。 並べて説明したのは、あくまでも、その目的を共通とするからであって、行使主体が異なるという点は、抑えておいて欲しいわね。 |
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なんか面白かったお。 抵抗権なんて、ちょっと厨二心をくすぐられる内容だったお。 |
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またワケのワカラナイこと言ってぇ。 でも正直、憲法の勉強していて、最後にこの話が来ると、え? ナニ言ってんの? って思ってしまったりするとこは、私もあったけれどね。 超憲法的とか言われても、今ひとつピンと来なかったりね。 |
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あ、光ちゃんも、そうなんですか? 実は、私も、その気持ちはありましたね。 ですけど、そんな話を「面白い」の一言で片付けられる藤さんは、やっぱり凄いですよね。 |
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・・・。 (逆だと思うです。 難しい議論を「面白い」の一言で片付けてしまっちゃっているから問題だと思うです。) |
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・・・あのね。 一言もしゃべらなかったけど、チイは最初っから居たからね。 |