東京高判昭和48年7月13日 〜日光太郎杉事件〜 |
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はいはい。 それじゃ恒例お約束の配役からね。 私はナレーターを。 サルは栃木県知事(行政)。 つかさちゃんは建設大臣(行政)。 ナカちゃんは、日光東照宮(私人) で、それぞれ頑張ってもらおうかな。 久し振りに全員に、綺麗にひとつずつ配役できたわよね。 |
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ナレーター |
折りしも東京オリンピックが話題になっていた1964年。 (※ 2020年開催予定の東京オリンピックとは違います) 栃木県では、ある事件が起きます・・・。 |
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栃木県知事 |
ウフフフ。 東京オリンピックかぁ。 すばらっ! マヂ、すばらっ! |
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栃木県知事 |
ただ招致を喜んでばかりもいられないよね。 オリンピック開催ともなれば、世界各国から大勢人が来るわけだし、そうなれば周辺道路の交通量だって、えらいことになるだろうからね。 せっかく日本に来てくれた人に、日本は素晴らしいところだって思ってもらいたいからね。 広い道路で、ここは「Omotenasi」だよね、常識的に考えて。 となると・・・国道120号線が混雑予想されるわけで・・・。 |
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ナレーター |
国道120号線は、道幅16mだったのですが、ある土地付近では狭くなっており5.7mしかありませんでした。 | |
栃木県知事 |
となると、国道120号線を広くするためには、あの狭くなっているあたり周辺の土地を収用して、道路工事事業をすればいいわけか。 さてさて、関連法令は・・・と。 『土地収用法(事業の認定の要件) 第20条 国土交通大臣又は都道府県知事は、申請に係る事業が左の各号のすべてに該当するときは、事業の認定をすることができる。 1号 事業が第三条各号の一に掲げるものに関するものであること。 2号 起業者が当該事業を遂行する充分な意思と能力を有する者であること。 3号 事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること。 4号 土地を収用し、又は使用する公益上の必要があるものであること。』 うんうん。土地収用法があるわけか。 どの土地を収用するかにあたっては、土地収用法20条3号によれば『(土地収用の)事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること』と、概括的な表現であることから、この判断にあたっては、行政庁に一定の裁量が認められているといえるね(=要件裁量)。 うん。 それなら、オリンピックのために道路を広くするためには、土地収用は必要だと、あたしは判断したよ! |
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というわけで、建設大臣! 国道拡幅(カクフク)工事のための土地収用申請を、事業認定してちょうだい! |
栃木県知事 |
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建設大臣 |
はい。 喜んでっ! 事業認定しましたよ! |
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いやぁ、話が早くって助かるよ! こういうのは、ササっと決めて、やらないと、やっぱりダメだよね! |
栃木県知事 |
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栃木県知事 |
はい! というわけで、建設大臣の事業認定も頂きましたので、国道120号線の道路幅を16mにするために、このあたりの杉15本を伐採しまぁーす! |
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ちょ、ちょ、ちょっと待って欲しいです! 伐採される杉の中には、日光太郎杉も入っているです! 日光太郎杉は、樹齢500年以上の立派な杉です! こんな地元の人たちに長年にわたって愛されてきた杉の木を、オリンピックのために切り倒すなんて許せないです! |
日光東照宮 |
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(日光太郎杉) |
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栃木県知事 |
でも、あたしも建設大臣も、これは必要な事業だと思うと判断したわけだしねぇ。 ぶっちゃけ、もう収用裁決も出ているわけだから。 まぁ、そういうことで日光太郎杉は他の杉の木と一緒に伐採させてもらうってことで。 |
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それなら、事業認定及び収用裁決の取消を求めて、私は訴えるです! このまま、むざむざ日光太郎杉を切らせるわけにはいかないです! |
日光東照宮 |
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はい、そこまでね。 | ||
古い大木を切るのはダメですぅ。 トトロが夜にオカリナ吹けなくなってしまうですぅ。 |
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どうせ一晩で大木にできるんだから、いんじゃね? | ||
あの・・・せっかく事案を再現したのですから、本件事案に則した話題をされるべきかと。 | ||
まぁまぁ、今日の判決文は、かつてない長さだから・・・。 少し軽い息抜きってことで見逃してあげて。 それじゃ、ポイントを先に伝えておくわね。 今日の勉強会のテーマは、判断過程審査とは? ということだったわよね。 そして、判断過程審査とは、裁量処分をする行政の判断過程に着目して合理性の有無という観点からの審査のことだったわよね。 この審査方法を、判決文から読み取って欲しいと思うわ。 判決文で示された判断過程審査の規範。 そして、その規範に対する裁判所の当てはめ。 この論旨展開をしっかり見て、自分のものに出来るようにするってことね。 まぁ、言うは易く行うは難しって言うけれど、ここまで綺麗な当てはめが出来るんだったら、そもそも判例検討なんか必要ないって話にはなっちゃうわけだけど、いい判決文をしっかり読んでおくっていうのも勉強だからね。 というわけで、先に言っておくわ。 今回の判決文の引用は、長いわよ! |
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・・・言っておくけれど、コレ、武者震いじゃないからね! マヂで震えているんだからね! |
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判決文は、次のものね。 『ところで、土地収用法は「公共の利益の増進と私有財産の調整をはかり、もつて国土の適正且つ合理的な利用」を目的とする(同法1条参照)ものであるが、この法の目的に照らして考えると、同法20条3号所定の「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」という要件は、その土地がその事業の用に供されることによつて得らるべき公共の利益と、その土地がその事業の用に供されることによつて失なわれる利益(この利益は私的なもののみならず、時としては公共の利益をも含むものである。)とを比較衡量した結果前者が後者に優越すると認められる場合に存在するものであると解するのが相当である。 そうして、控訴人建設大臣の、この要件の存否についての判断は、具体的には本件事業認定にかかる事業計画の内容、右事業計画が達成されることによつてもたらされるべき公共の利益、右事業計画策定及び本件事業認定に至るまでの経緯、右事業計画において収用の対象とされている本件土地の状況、その有する私的ないし公共的価値等の諸要素、諸価値の比較衡量に基づく総合判断として行なわるべきものと考えられる。 以上認定の事実を基礎として本件事業計画が土地収用法20条3号にいう「土地の適正且つ合理的な利用に寄与するもの」と認められるべきかどうかについての、控訴人建設大臣の判断の適否につき考察する。 控訴人建設大臣が、この点の判断をするについて、或る範囲において裁量判断の余地が認めらるべきことは、当裁判所もこれを認めるに吝かではない。 しかし、この点の判断が前認定のような諸要素、諸価値の比較考量に基づき行なわるべきものである以上、同控訴人がこの点の判断をするにあたり、本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、その結果当然尽すべき考慮を尽さず、または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れもしくは本来過大に評価すべきでない事項を過重に評価し、これらのことにより同控訴人のこの点に関する判断が左右されたものと認められる場合には、同控訴人の右判断は、とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤りがあるものとして、違法となるものと解するのが相当である。 本件土地付近が国立公園区域内の特別保護地区に指定されている趣旨から考えても、その風致・景観は、国民にとつて貴重な文化的財産として、自然の推移による場合以外は、現状のままの状態が維持・保存さるべきであるとの見地の下に、最も厳正に現状の保護・保全が図らるべきことは当然である。 しかも、本件土地付近は、かような景観・風致上の価値に加えて、前述のような宗教的・歴史的・学術的価値をも同時に併有しており、それだけに、かけがいのない高度の文化価値を有しているものというべきである。 そうして、このような文化的価値は、長い自然的、時間的推移を経て初めて作り出されるものであり、一たび人為的な作為が加えられれば、人間の創造力のみによつては、二度と元に復することは事実上不可能であることにかんがみれば、本件土地の所有権こそ被控訴人の私有に属するとはいえ、その景観的・風致的・宗教的・歴史的諸価値は、国民が等しく共有すべき文化的財産として、将来にわたり、長くその維持、保存が図らるべきものと解するのが相当である。 控訴人建設大臣において、本件事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するという土地収用法20条3号所定の要件をみたすものと判断するためには、単に本件計画が前記のとおり本件国道119号および120号の交通量増加に対処することを目的とする点において公共性を有するというだけでは足りず、それに加えて、本件計画がどうしてもそれによらざるを得ないと判断し得るだけの必要性、換言すれば、本件土地付近の有する前記のような景観、風致、文化的諸価値を犠牲にしてもなお本件計画を実施しなければならない必要性、ないしは環境の荒廃、破壊をかえりみず右計画を強行しなければならない必要性があることが肯定されなければならないというべきである。 けだし、前記のようなかけがいのない景観、風致、文化的諸価値ないし環境の保全の要請は、国民が健康で文化的な生活を営む条件にかかわるものとして、行政の上においても、最大限度に尊重さるべきものであるからである。 ところが、本来、道路というものは、人間がその必要に応じて、自からの創造力によつて建設するものであるから、原則として、「費用と時間」をかけることによつて、「何時でも何処にでも」これを建設することは可能であり、従つて、それは代替性を有しているということができる。 本件土地付近の有するかけがいのない前記諸価値ないし環境の保全の要請が行政の上においても最大限度に尊重さるべきものであるとの見地に立つて考えれば、A案以外の前記諸案に、それぞれ控訴人ら主張のような難点があるということだけで、ただちにA案(本件事業計画)の実施を必要、やむをえないものとすることは相当でなく、その実施を必要、やむをえないものとする起業者栃木県知事の見解を是認する控訴人建設大臣の判断は、ひつきよう、本件土地付近の有するかけがいのない諸価値ないし環境の保全という本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し、その結果、本件道路がかかえている交通事情を解決するための手段、方法の探究において、尽すべき考慮を尽さなかつたという点で、その裁量判断の方法ないし過程に過誤があつたものというべきである。 起業者栃木県知事が本件事業認定の申請にあたり、右事業計画にかかる拡幅事業の必要性を理由づける事由の一つとして、オリンピツクの開催に伴なう交通量増加の予想ということを挙げていることと、控訴人建設大臣が右必要性を理由づける事由の一つとして前記A案(本件事業計画)が工期が最も短かいことを主張していること等から推して、オリンピツクの開催に伴なう外人観光客による自動車交通量増加の予想ということが、控訴人建設大臣が本件事業計画をもつて土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと判断するにつき、その一つの原因となつたものと推認することができる。 しかし、本件土地付近のもつ前記のようなかけがいのない諸価値ないしはそのもつすぐれた環境が国民共有の財産として、長く将来にわたり保全さるべきことにかんがみれば、オリンピツクの開催に伴なう一時的な自動車交通量増加の予想というような、目前、臨時の事象は、本件事業計画が土地の利用上適正かつ合理的なものと認めらるべきかどうかの判断にあたつては、本来、考慮に容れるべきことがらではなかつたというべきである。 以上1ないし5の判断を総合していえば、本件事業計画をもつて、土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと認めらるべきであるとする控訴人建設大臣の判断は、この判断にあたつて、本件土地付近のもつかけがいのない文化的諸価値ないしは環境の保全という本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し、その結果右保全の要請と自動車道路の整備拡充の必要性とをいかにして調和させるべきかの手段、方法の探究において、当然尽すべき考慮を尽さず(1ないし3)、また、この点の判断につき、オリンピツクの開催に伴なう自動車交通量増加の予想という、本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れ(4)、かつ、暴風による倒木(これによる交通障害)の可能性および樹勢の衰えの可能性という、本来過大に評価すべきでないことがらを過重に評価した(5)点で、その裁量判断の方法ないし過程に過誤があり、これらの過誤がなく、これらの諸点につき正しい判断がなされたとすれば、控訴人建設大臣の判断は異なつた結論に到達する可能性があつたものと認められる。 してみれば、本件事業計画をもつて土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと認められるべきであるとする控訴人建設大臣の判断は、その裁量判断の方法ないし過程に過誤があるものとして、違法なものと認めざるをえない。』 |
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わーい! 日光太郎杉は切られずに済んだです! |
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・・・な、な、長ぇお。 | ||
自然保護に関する行政訴訟は、日本でも数は多いのですが、自然保護を求めて訴えた原告側が勝訴したというケースは、非常にレアケースなんですよね。 そういう意味でも、この日光太郎杉事件は貴重な判例と言えますよね。 |
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散々、長い、長いって心の準備させてあげたのに、サルときたら、やっぱり・・・って反応なのよね。 そうよね、つかさちゃんの言うとおりよね。 ただ、自然保護を求めて訴えた原告側も原告をアマミノクロウサギにしたために訴状の段階で却下されたりしたものもあるんだけどね。 |
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ほほう。 なんか面白そうだお。 ソレ、も少し詳しくっ! |
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お生憎様ですけれど、今日の勉強会とは無関係なので。 えーっと、それじゃ、今日のテーマである判断過程審査の規範についてね。 判決文から読み取れる判断過程審査の規範は 『この点の判断が前認定のような諸要素、諸価値の比較考量に基づき行なわるべきものである以上、同控訴人がこの点の判断をするにあたり、本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、その結果当然尽すべき考慮を尽さず、または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れもしくは本来過大に評価すべきでない事項を過重に評価し、これらのことにより同控訴人のこの点に関する判断が左右されたものと認められる場合には、同控訴人の右判断は、とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤りがあるものとして、違法となるものと解するのが相当である。』 と述べている部分よね。 つまり、判断過程審査には、次の4点が求められると言えるわ。 @『本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、』 A『その結果当然尽すべき考慮を尽さず 』 B『または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れ』 C『もしくは本来過大に評価すべきでない事項を過重に評価』 これらの判断考慮過程を、それぞれまとめると @過小評価 A考慮不尽 B他事考慮 C過大評価 ということになるわね。 まぁ、順序をわかりやすくするなら、 考慮不尽、他事考慮、過大評価、過小評価って感じになるかしら。 |
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えーっと、つまり・・・。 考えないといけないことを考えず(考慮不尽) 考えなくてもいいことを考えて(他事考慮) ある事実については大袈裟に捉えて(過大評価) ある事実についてはろくに考えなかった(過小評価) という判断過程を経たことが問題だということですね。 |
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そうそう。 そういうことね。 そして、前回学んだ社会観念審査との大きな差は、社会観念審査が『結果』に着目して、社会観念上、著しく合理性を欠くかどうか、を判断する審査方法であるのに対して、この判断過程審査は、『判断考慮過程』に着目した審査方法であるということも大事なところね。 |
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判決文の当てはめ部分も、今、竹中さんが挙げられた、それぞれに綺麗に当てはめがなされているんですよね。 @過小評価という部分については 『本件土地付近の有するかけがいのない諸価値ないし環境の保全という本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し』 A考慮不尽という部分については 『その結果、本件道路がかかえている交通事情を解決するための手段、方法の探究において、尽すべき考慮を尽さなかつた』 B他事考慮という部分については 『本件土地付近のもつ前記のようなかけがいのない諸価値ないしはそのもつすぐれた環境が国民共有の財産として、長く将来にわたり保全さるべきことにかんがみれば、オリンピツクの開催に伴なう一時的な自動車交通量増加の予想というような、目前、臨時の事象は、本件事業計画が土地の利用上適正かつ合理的なものと認めらるべきかどうかの判断にあたつては、本来、考慮に容れるべきことがらではなかつたというべきである』 C過大評価という部分については 『暴風による倒木(これによる交通障害)の可能性および樹勢の衰えの可能性という、本来過大に評価すべきでないことがらを過重に評価した』 からこそ 『その裁量判断の方法ないし過程に過誤があり、これらの過誤がなく、これらの諸点につき正しい判断がなされたとすれば、控訴人建設大臣の判断は異なつた結論に到達する可能性があつたものと認められる』 といえることから、 『建設大臣の判断は、その裁量判断の方法ないし過程に過誤があるものとして、違法』 という結論になっているんです。 |
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この日光太郎杉事件は、判断過程審査のリーディングケースともされる判例だから、しっかり抑えておくといいわね。 今日の勉強会は、この判例だけにしておくつもりだから、再度読み直してみるといいんじゃない? |
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・・・。 (するわけがないだろ。 常識的に考えて。 ) |
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わ、わ、私はもう一度しっかり読むです! | ||
ど、どうしたの? 急に、熱い決意表明しちゃって。 |
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あ・・・すみません。 なんか、やらないのが常識みたいな声が聞こえた気がして、つい。 |
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ソレはきっとナカたんの中の弱い心だろうね。 誘惑に負けちゃダメだよ! |
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流石、藤さんです! 己の中にある弱い心にも負けない藤さんが素敵です! |
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まぁ、自慢じゃないけど、あたしは弱い心に負けた記憶がないからね! | ||
どうせ、戦ったことさえないからなんでしょ? ソレって。 | ||
フッ。 勝てない勝負はしない主義でね。 |
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・・・。 (・・・ダメだこいつ。 なんとかしないと、です。) |