最判平成19年2月6日判決
〜在ブラジル人被爆者健康管理手当等請求事件〜
先に、配役を言うわね。

今回も、私はナレーターで。

サルはいっつもやってるから今回はお休みで。

やる気に燃えているナカちゃんが健康管理手当の支給を求めるブラジルに移住した住民役。
広島県(自治体)を、黒田さんって配役でお願いします。
広島に投下された原子爆弾によって被爆した人には、被爆者援護法に基づき、広島県から被爆者援護手帳の交付がされ、健康管理手当の受給が認められていました
広島で、原爆に被爆したナカちゃんは、その後ブラジルに移住し、その後日本に帰国した際に、この制度による健康管理手当の受給を受ける住民の1人でした。
やっぱり日本に居ても生活が苦しいです!
ここはブラジルに戻って、また頑張ることにするです!
あら?
ブラジルに戻られるんですか?
そうなりますと、健康管理手当の受給権が失権することになりますよ? 
  え?
そうなるですか?
厚生省公衆衛生局長からの通達402号通達)が出ていますからね。
そのように取り扱わざるを得ませんけど、いいんですか? 
  でももう戻るって決めたです!
そうですか。
でしたら健康管理手当の支給は打ち切らせてもらいますね。 
  仕方ないです!
ところが、被爆者援護法には、被爆者が国外に居を移した場合でも、受給権を失う旨の規定は存在せず、402号通達、そして、同通達を根拠とする、この行政の対応は、被爆者援護法の解釈を誤る違法なものだったのです(402号通達は、翌年に廃止)。
あの窓口の人が言っていたのは間違っていたです!
そんな法律なんて、やっぱりなかったです!
私に健康管理手当を支払うことを求めて訴えるです!
ええ。わかりました。
お支払いします
ただし、既に時効が成立した部分については支給には応じかねますけどね。
  時効が成立です?
どういうことです?
地方自治法236条を御存知ないようですね。

地方自治法236条 (金銭債権の消滅時効)
1項  金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、五年間これを行なわないときは、時効により消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。


お分り頂けましたか?
あなたの受給権は確かにありますけど、提訴された時点で、既に本来支給される月末から5年を経過した部分については、時効により、受給権が消滅しているのです。
ですから、時効の成立した部分についての支払いには応じかねると言っているんです。
そんなの、おかしいです!
だって、あなた方が受給権がないって私に言ったです!
ないって言われたら受け取りに来るわけないです!
そう言われましても、地方自治法の定めにありますからね。
時効が成立した分については、諦めてもらう他ないですね。  
  うぅぅぅ。
絶対納得いかないです!
そんな言い分が通るわけないです!
     




・・・ハイ。お疲れ様ぁ。
やっぱり、サルじゃ、この役は似合わないわよね。ナカちゃんにして正解だったわぁ。 
  私、頑張りました。
  うんうんです!
ガンバっていたです!
相変わらずのロボっぷりだったです!
  え・・・
私の演技は、おかしいんですか?
ううん。
全然そんなことなかったわよ。しっかりやってくれたわ。 
  うんうんです!
真似したくなるくらい良かったです!
サルっ!
あんた、そうやって人が頑張っているのを茶化すの、やめなさいよ! 
あたしなりに褒めてるつもりだったのに・・・怒られちゃったお。
・・・。

(どこがおかしいのでしょうか・・・うう。)
それじゃ、事案のポイントまとめますね。 

この事案では、形式的に法治主義にのっとって判断すべきか、それとも行政を信頼して行動した市民を保護するか?
ということが問題
となっていますよね。

時効制度の画一的処理を優先すべきか・・・
それとも、行政に対する市民の信頼を保護して、時効制度に優先させるべきか・・・


因みに、この事案は、地裁では、ナカちゃん・・・つまりブラジルに移住された被爆者の住人の方の請求が棄却されているのよ。
このことは、地方公共団体という行政の事務においては、法令に従い適正かつ画一的な処理をすることこそが、住民への平等的取扱いという目的に合致するものであるという考えから、時効制度を優先したものと言えるわね。

ただ、それで果たしていいのか?
という疑問は残るところよね。

その答えを見る意味で、最高裁の判旨を見てみましょう。
・・・。

(あれ・・・そう言えば私、毎回行政側の役なんだけど、なにか意図があるのかしら?)
最高裁の判断は、次のものです。
 改行・段落ちは管理人編集)

被爆者援護法等に基づく健康管理手当は,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,原子爆弾の放射能の影響による造血機能障害等の障害に苦しみ続け,不安の中で生活している被爆者に対し,毎月定額の手当を支給することにより,その健康及び福祉に寄与することを目的とするものである(原爆特別措置法5条,被爆者援護法前文,27条参照)。

 前記事実関係等によれば,被上告人らは,その申請により本件健康管理手当の受給権を具体的な権利として取得したところ,上告人は,被上告人らがブラジルに出国したとの一事により,同受給権につき
402号通達に基づく失権の取扱いをしたものであり,しかも,このような通達や取扱いには何ら法令上の根拠はなかったというのである。

 通達は,行政上の取扱いの統一性を確保するために,上級行政機関が下級行政機関に対して発する法解釈の基準であって,国民に対し直接の法的効力を有するものではないとはいえ,通達に定められた事項は法令上相応の根拠を有するものであるとの推測を国民に与えるものであるから,前記のような
402号通達の明確な定めに基づき健康管理手当の受給権について失権の取扱いをされた者に,なおその行使を期待することは極めて困難であったといわざるを得ない

 他方,国が具体的な権利として発生したこのような重要な権利について失権の取扱いをする通達を発出する以上,相当程度慎重な検討ないし配慮がされてしかるべきものである。
 しかも,
402号通達の上記失権取扱いに関する定めは,我が国を出国した被爆者に対し,その出国時点から適用されるものであり,失権取扱い後の権利行使が通常困難となる者を対象とするものであったということができる。

 以上のような事情の下においては,上告人が消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れようとすることは,違法な通達を定めて受給権者の権利行使を困難にしていた国から事務の委任を受け,又は事務を受託し,自らも上記通達に従い違法な事務処理をしていた普通地方公共団体ないしその機関自身が,受給権者によるその権利の不行使を理由として支払義務を免れようとするに等しいものといわざるを得ない

 そうすると,上告人の消滅時効の主張は,
402号通達が発出されているにもかかわらず,当該被爆者については同通達に基づく失権の取扱いに対し訴訟を提起するなどして自己の権利を行使することが合理的に期待できる事情があったなどの特段の事情のない限り,信義則に反し許されないものと解するのが相当である。
 本件において上記特段の事情を認めることはできないから,上告人は,消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れることはできないものと解される。

 論旨は,
地方自治法236条2項所定の普通地方公共団体に対する権利で金銭の給付を目的とするものは,同項後段の規定により,法律に特別の定めがある場合を除くほか,時効の援用を要することなく,時効期間の満了により当然に消滅するから,その消滅時効の主張が信義則に反し許されないと解する余地はないというものである。

 ところで,同規定が上記権利の時効消滅につき当該普通地方公共団体による援用を要しないこととしたのは,上記権利については,その性質上,法令に従い適正かつ画一的にこれを処理することが,当該普通地方公共団体の事務処理上の便宜及び住民の平等的取扱いの理念
同法10条2項参照)に資することから,時効援用の制度民法145条を適用する必要がないと判断されたことによるものと解される。
 このような趣旨にかんがみると,普通地方公共団体に対する債権に関する消滅時効の主張が信義則に反し許されないとされる場合は,極めて限定されるものというべきである。

 しかしながら,地方公共団体は,法令に違反してその事務を処理してはならないものとされている(
地方自治法2条16項)。
 この法令遵守義務は,地方公共団体の事務処理に当たっての最も基本的な原則ないし指針であり,普通地方公共団体の債務についても,その履行は,信義に従い,誠実に行う必要があることはいうまでもない。

 そうすると,本件のように,普通地方公共団体が,
上記のような基本的な義務に反して,既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し,法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし,その行使を著しく困難にさせた結果,これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合においては,上記のような便宜を与える基礎を欠くといわざるを得ず,また,当該普通地方公共団体による時効の主張を許さないこととしても,国民の平等的取扱いの理念に反するとは解されず,かつ,その事務処理に格別の支障を与えるとも考え難い。
 したがって,本件において,上告人が上記規定を根拠に消滅時効を主張することは許されない
ものというべきである。



私、個人的にこの判例が好きだから、また多目に引用しちゃった。
でも、信義則を用いて、明文規定を排除するという、この判断枠組みは、すっごく勉強になると思うわ。

行政の画一的処理の要請、そして、行政への住民の信頼保護、という両者を秤にかけて、形式的な法律の適用をするのではなく、法の一般原則を用いて、妥当な結論を導く・・・。

法治主義(法律による行政の原理)が、行政法において最も重要な基本原則である以上、なんでもかんでも信義則で住民の信頼を保護するということではいけないわよね。
だからこそ、どのような事情があれば、このような原則の修正が働くのか、また、その働きを認めてもよいのか、ということを考える上でも、この判例(赤太文字部分が信義則が適用されるに至ったポイント部分)は、しっかり読み込んで欲しいと思うわ。
  ・・・。

(なんか熱暴走気味だお・・・こいつ)
・・・。

(明智さんは、この難しい判例を、どこまで理解されてみえるのかしら?
 負けたくないなぁ)
信義則の適用が認められて、行政側が敗訴した事案は、多くはないから、そういう意味でも重要な判例だと思うわ。 

個人的には、新司の論文で聞かれても、おかしくないレベルの事案だと思うから、要チェックしておいていいと思うかなぁ。 
!!

(え? 今の失言!?
 私に、そんな情報提供してくれちゃっていいの?)
新司?
コッチは、期末テストは愚か、講義の際の小テストにだって怯えてるってのに、そんな先のこと言われても困るお。
高い目標設定してこそ、日々の努力が、その目標に向けたものになるでしょ?
サルは、やればデキル子だって私信じてるから大丈夫よ! 
ウキっ!

(やればデキル子って言うのは、そう言われても、やらない子なんだお。
 だって、ソレで本当にやっちゃったら、タダのデキル子になってまうじゃまいか。ニシシシシ。)
・・・・。

(明智先輩が、すごく言いこと言ってくれてるのに、藤先輩の目が、全く変化してないです・・・)

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